生乳生産量・日本一の町が挑む“乳和食で食育推進”計画--北海道別海町

北海道別海町

日本一の生乳生産量を誇る北海道・別海町では、2018年から町の「食育・地産地消推進計画」で「乳和食の推進」を掲げ、学校や地域での食育のさまざまな場面で乳和食を活用した取り組みが行われています。別海町立上西春別中学校が実施する「乳和食」による町のPR活動を中心に、2022年度までの活動と今後の展開を取材しました。

地場産物の牛乳に着目 別海町らしい食育施策に

 根室半島と知床半島の中間に位置する別海町では、広大な根釧台地と冷涼な気候の下、明治の開拓期から酪農が営まれてきました。戦後は国の酪農集約地域に指定され大規模化や機械化が進展。現在、600戸以上の酪農家が11万頭余りの乳牛を飼養し、生乳生産量は年間約50万トンに上ります。

 町内には複数の牛乳・乳製品工場もあり、酪農乳業は地域の基幹産業になっています。地平線まで続く牧草地で放牧牛が草を食む光景は、日本が誇る酪農王国の象徴です。

 町は2018年に、「別海町食育・地産地消推進計画」を策定しました。「健康な食生活につながる食育」、「地産地消による安全・安心な食」、「食の楽しみと感謝の心をはぐくむ取組」を基本目標とする5ヶ年計画で、その具体策の一つに「牛乳を使用した乳和食の推進」を挙げています。

 「地場産物の牛乳を活用した安心安全で健康な食生活の実現は、別海町らしさのある食育・地産地消推進策です。その上で、牛乳を毎日の食事に取り入れる新たな手立てとして乳和食を提案しています」。別海町役場の皆川好太郎さんはこう説明します。
 町では乳和食の認知向上を後押しする施策として、地域の食育を担う管理栄養士や酪農関係者らを対象とする講習会などを通じて、乳和食の概念や調理法を普及してきました。参加した管理栄養士が学校の食育活動を支援するなど、地域への波及効果も出ています。

 一方、食や栄養の専門家ではない一般の町民には、「乳和食とは何か?」をよりわかりやすく伝える場が必要になります。

 「単なる牛乳を使った和食ではなく、味も見た目も変えずに減塩した和食であると理解してもらうことに、当初は難しさを感じました」と皆川さんも振り返ります。

 そこで企画したのが、町主催の乳和食オリジナルレシピコンテスト。町民自らレシピを開発することが、乳和食の理解と普及への有効な手段になると考えました。2021年度は幅広い年代から33点のレシピが寄せられ、地元産のサケを使った「サーモンのホエイ漬け丼」が最優秀賞に選ばれました。入選したレシピは町が発行する広報誌に掲載し、町民への啓発につなげています。
2021年度の別海町・乳和食オリジナルレシピコンテストで最優秀賞に選ばれた「サーモンのホエイ漬け丼」など、入選作を集めた冊子を制作して乳和食のメリットをPRした。
2021年度の別海町・乳和食オリジナルレシピコンテストで最優秀賞に選ばれた「サーモンのホエイ漬け丼」など、入選作を集めた冊子を制作して乳和食のメリットをPRした。

乳和食開発者の指導で中学生がレシピを考案

生徒たちが考案した乳和食。「MILK♡かきあげ」(上段左)、「みるあんかすていら」(右)、「北の大地大福」(下段左)、「道東カニミルク」(中)、「きなこみるもち」。保護者らを招いた試食会での人気投票1位は「MILK♡かきあげ」。サクサクした食感が好評だった。
生徒たちが考案した乳和食。「MILK♡かきあげ」(上段左)、「みるあんかすていら」(右)、「北の大地大福」(下段左)、「道東カニミルク」(中)、「きなこみるもち」。保護者らを招いた試食会での人気投票1位は「MILK♡かきあげ」。サクサクした食感が好評だった。
 町の推進計画に基づき、食育活動で乳和食を扱う学校が出てきました。別海町立上西春別中学校では4年前から、2年生の家庭科と総合的な学習の時間で実践中です。

 「地域の食文化の理解・地域食材を用いた和食調理」という家庭科の学習内容と、総合的な学習の「ふるさと教育」を組み合わせたカリキュラムで、生徒たちは早瀬香織主幹教諭の指導で乳和食レシピの考案と地域内外へのPR活動に取り組んでいます。

 2022年度の実践は10月から開始。導入として、町内の酪農家と、地元の乳業メーカーであるべつかい乳業興社の職員を招き、町の酪農産業や牛乳について学びました。
乳和食開発者の小山浩子さんを迎えた授業。「乳和食とは何か?」を理解した上でグループごとにオリジナルレシピを考案。
乳和食開発者の小山浩子さんを迎えた授業。「乳和食とは何か?」を理解した上でグループごとにオリジナルレシピを考案。
 後日、管理栄養士で乳和食開発者の小山浩子さんを講師に迎えた4時間の授業を実施しました。

 授業ではまず座学で乳和食の定義や特徴、塩分過多やカルシウム不足などの日本人の食生活課題、牛乳の栄養素とその働きなどを学習してから調理実習へ。

 生徒たちは、「かぼちゃのそぼろ煮」の加熱調理の過程で牛乳が無色透明になっていくことや、牛乳の味や匂いを感じず、食塩量を減らしても味がしっかりしているといった乳和食の特徴を、調理と試食から体験的に学びました。
 授業後半は5つのグループに分かれて、オリジナル乳和食レシピを検討しました。

 その後も、小山さんや地元出身の管理栄養士・佐久間かおりさんによる継続的なアドバイスを受けながらレシピを完成させました。


ふるさとの魅力を発見! キャリア教育的な成果も

来場いただく地域のお客様に「来て良かった」と思ってもらえる試食会にするため、料理だけでなく会場設営にも心を込めて準備した。
来場いただく地域のお客様に「来て良かった」と思ってもらえる試食会にするため、料理だけでなく会場設営にも心を込めて準備した。
 12月には成果発表の場として、保護者や酪農関係者らを招いた試食会を開き、グループごとにそれぞれのレシピの魅力をプレゼンしました。この場で乳和食を初めて口にする保護者も多く、「もっと牛乳感を出したほうがいい」といった感想も。これに対し、生徒たちがこれまでに学んだ乳和食の定義を説明することで、保護者の乳和食への理解が深まるといった交流も見られました。

 各グループが考案したレシピは乳和食として認定され、Jミルク・乳和食公式サイト内「みんなで乳和食」に掲載されています。道東の郷土料理・鉄砲汁をアレンジしてミルクみそやホエイを取り入れた「道東カニミルク」、トウモロコシやじゃがいもをミルク衣で揚げる「ミルク♡かきあげ」のほか、牛乳を使うことで砂糖を減らした乳和菓子もあります。

 3学期には、乳和食を活用して別海町の魅力を外部に発信する活動に取り組みました。料理情報サイト「クックパッド」にレシピを投稿したほか、全国のメディアへの情報発信、自作の漫画を使ったパンフレットの制作、レシピを紹介するショート動画やポータルサイトの制作などを行いました。
 学習後の生徒たちからは、「別海町や別海牛乳を誇りに思う」、「健康的で牛乳の消費拡大にもつながる乳和食が世界に広まってほしい」といった感想が出ているそうです。

 早瀬主幹教諭は、「活動に協力してくれる大人たちが身近にいることに気づけたことも大きい。地域の環境や産物、人々の魅力を知ることでキャリア教育にもなる、広がりのある実践だと思います」と手応えを感じています。
これまでの学習のアウトプットの1つとして、みんなで作り上げた乳和食レシピを漫画にしたパンフレットを制作し、町内の施設や学校へ配布するPR活動を行った。
これまでの学習のアウトプットの1つとして、みんなで作り上げた乳和食レシピを漫画にしたパンフレットを制作し、町内の施設や学校へ配布するPR活動を行った。

■上西春別中学校「乳和食ポータルサイト」
 https://kaminishin1info.wixsite.com/kaminishi-n-1


農業高生も乳和食に注目 地域が抱える課題解決へ

 上西春別中学校の試食会には、隣の中標津町にある北海道中標津農業高等学校の生徒たちも参加しています。

 中標津町は、別海町に次いで生乳生産量が全国2位。通称「牛乳で乾杯条例」を制定するなど、町ぐるみの消費拡大にも熱心です。

 同校の敷地内には牛舎と放牧場があり、教育活動の中で生徒たち自身が乳牛の飼育と生乳生産、チーズなど加工品の製造を行っています。

 また、各自の興味関心に応じて課題を追究する研究班活動もあり、乳加工研究班では、生乳の消費拡大につながる技術や製品化の研究に取り組んでいます。

 酪農現場を身近に感じられる環境だけに、コロナ禍における生乳需要の減少や、生乳廃棄リスクといった地域課題に対する生徒たちの意識も高いとのこと。牛乳消費拡大につながる実践として、生徒による乳和食のレシピ開発や普及活動を取り入れています。

 数年前、乳加工研究班の生徒がインターネットで乳和食の存在を知り、牛乳の利用価値向上や消費拡大につながる新たなアイデアとして注目したことをきっかけに、研究班の活動としてレシピ開発に取り組むことにしました。

 指導する佐藤晶彦教諭は、「オリジナルレシピの開発はまだ初期段階。生徒の自由な発想と若い力を生かしてさまざまな可能性を探っているところです」と話します。
中学校の試食会には中標津農業高校も参加し、乳和食の「茶碗蒸し」を紹介。
中学校の試食会には中標津農業高校も参加し、乳和食の「茶碗蒸し」を紹介。
 2022年度には、研究班で試作した茶碗蒸しを上西春別中学校の試食会に持ち込み、中学生にアンケート調査を行いました。ほかにも、北海道乳和食推進リーダーである酪農学園大学(江別市)の宮崎早花講師による調理実習を実施しています。

 生徒たちは一連の学習を通じて、牛乳をそのまま飲んだり、従来のように加工したりするだけでなく、乳和食として利用することでさまざまなメリットが生まれることに気づきました。

 「農業高校生として食を学ぶ上で、新たな視点からの製品開発や、食への興味や関心を深める契機をつくれたことがひとつの成果」と佐藤教諭は話します。


5年間で乳和食認知率35%増 第2次計画が2023年度からスタート

「乳和食が地元の伝統料理になれば」と語る別海町役場の皆川好太郎さん。
「乳和食が地元の伝統料理になれば」と語る別海町役場の皆川好太郎さん。
 別海町の食育・地産地消推進計画は、2022年度で当初予定の5年間を終えました。役場の皆川さんは成果として、「食育を担う関係者や町民に乳和食という言葉や調理法が認知されてきたことと、小山さんをはじめとする専門家や外部団体とのつながりができたこと」を挙げています。

 町が住民を対象に行った調査では、2018年の計画開始時に10.4%だった乳和食の認知率が、2022年4月には45.4%に達しました。当初目標の30%を大幅に上回る結果です。

 町では、町民へのアンケートやパブリックコメントの結果なども踏まえて、今年度から5年間の「第2次別海町食育・地産地消推進計画」を取りまとめました。もちろん、「乳和食の推進」は従来通りの位置付けで盛り込まれています。

 皆川さんは今後の展開について、町内の飲食店で別海産牛乳を使った乳和食が提供され、さらには町の新たな『伝統料理』になることが大きな目標になり得ると話します。

 そこに至る施策として、講習会やレシピ開発に次ぐ新たな手法も模索中です。「あくまで構想段階」とした上で、「例えば、町外から町に定住して活動する『地域おこし協力隊』と連携し、町公認の乳和食の開発に協力してくれる専門的スキルを持つ人材を募るといった策も考えられる」としています。

「ふるさと教育としてこの単元を設計しました。子どもの活動に関わることで、大人も自分たちの地域や仕事に夢を持てるので、大人のキャリア教育にもなると思っています」と語る早瀬香織主幹教諭。
「ふるさと教育としてこの単元を設計しました。子どもの活動に関わることで、大人も自分たちの地域や仕事に夢を持てるので、大人のキャリア教育にもなると思っています」と語る早瀬香織主幹教諭。
 上西春別中学校の早瀬主幹教諭も、学校の食育活動の目標として、家庭や地域への乳和食普及を目指しています。

 「子どもが一生懸命になっている姿を見て試食会に参加した」という保護者も多いことから、「中学生たちが、乳和食の良さや可能性を家庭や地域に伝えるきっかけになれるのではないか」と話します。

 乳和食の理解・認知から、家庭や地域の食としての普及・定着へ。新たな目標に向かう別海町の今後の取り組みが注目されます。
(取材日:2022年10月)

■北海道別海町役場「別海町食育・地産地消推進計画」
 https://betsukai.jp/sangyo/nougyo/syokuiku_plan/
■別海町立上西春別中学校
 
https://betsukai.ed.jp/school/skaminis/
■北海道中標津農業高等学校
 
https://www.nakashibetsu.jp/nagri/
2023年06月28日