【鼎談】日本食と乳の「融合」とは何か
-乳文化を考える視点を整理する-

j-milkレポートvol-12 <乳の学術連合の窓>より

乳の食文化の普及や牛乳乳製品の価値向上を図る上では、「現代の日本人にとって乳とは何か」を明らかにし、共有する必要がある。

自然風土や生産・流通技術、栄養、社会的慣習といった食の成立要素ごとに乳の位相を見定めることが求められる。
今回は、乳の学術連合「乳の社会文化ネットワーク」代表幹事の和仁皓明氏を迎えた鼎談で、日本人と乳の現在とこれからを考えた。

(鼎談者)
◆和仁 皓明 氏(西日本食文化研究会主宰)
◆前田浩史 (Jミルク専務理事)
◆高見裕博 (Jミルク特別参与)

※「j-milkリポート vol-12」の掲載内容を加筆・再編集した記事です。

変化しつつある牛乳乳製品の利用形態

前田:まずは議論の基盤を確認する意味でも、和仁先生から日本の乳の現状について概説的なお話をいただきたいと思います。

和仁:食における異文化受容には大きく二つのパターンがあります。一つは、溶け込んで融合するパターン、もう一つは居場所はあるけれども混合的なパターンです。
例えば大名料理の芳飯(ほうはん)は、ご飯の上に具を飾り、かけ汁をかけて食べるもので、これが後に丼物やカレーライスのような料理に変化していく。また、ポルトガル人が持ち込んだオムレツが江戸時代に厚焼き玉子になりました。
今や丼物も厚焼き玉子も日本に定着していて、だれもが古くからある料理だと思うほど融合しています。一方で、パンと饅頭を組み合わせたあんパンは、定着はしているけれども混合的な状態にあると言えます。

では乳はどうかというと、融合にまでは至っていないのが現状でしょう。しかし、それに近い事例は見られるようになっています。
例えば、昭和30年代に開発された「チーズ入りかまぼこ」は現在いろいろな形で広がっていて、融合的なイメージがあります。
あるいは老舗の和菓子屋さんなどが、「カマンベールチーズ揚げ餅」とか「ヨーグルト豆」といった商品をつくっていたりします。
レシピの中に乳が入っている形態もあります。ミルクラーメン、牛乳豚汁、乳とろろ、あるいはチーズ入りたこ焼きなど、和風化していく牛乳乳製品は現在でもさまざまな場で目にすることができるのです。牛乳やチーズの消費量は横ばい傾向ですが、実際は使われ方が変わってきていて、そのまま飲んだり食べたりするだけでなく、料理の中にも入ってきつつある。異文化の受容が進行している段階であり、これを融合的なパターンにまでどう誘導していくかが今後のポイントになると考えています。 

「食の成立要素」から乳の現状を見る

前田:先生がご指摘のように食文化は動的なもので、新しく生まれるものもあれば消え去るものもあり、さまざまなパターンで定着するものもあります。それを踏まえた上で乳の日本化という問題を考える際には、現代の日本人にとって乳とはいったい何なのかという議論をしなければならない。具体的には、自然風土や栄養、生産や利用の技術、交易や文化的交流といった食の成立要素それぞれの視点で、乳はどういう位相にあるかを整理する必要があると感じています。

和仁:「技術」の中には、保存や調味、流通といった側面が含まれますし、「規約(慣習的なもの、規範的なもの)」という要素もあります。自然風土を含めたこれら要素が食の場を規定し、その結果として栄養が決まるのです。人間は栄養のためだけに食を選ぶことはほとんどありません。
例えば牛乳を技術という視点で見ると、明治以降に乳牛が導入され、どうやって乳量を上げるかという生産技術の問題があり、それからバターやチーズをつくる技術ができて、レストランなどで提供されるには流通や調理、盛り付けなどの技術が関わってきます。
一方で、牛乳を飲まないと落ち着かないとか、なければ困るという感覚を抱くような文化的融合は、「規約」に関わる部分で、心理学的な問題になってきます。

前田:自然風土という視点で見ると、日本人は元々乳を生産するということがありませんでした。この点について、乳は元来日本の自然風土には合っていないという議論をする人がいますが、私は違うと思っています。
水田を中心とする農耕の文化や技術が根底にあり、明治期にはほとんど開拓が終わっていた。戦後に残った土地を見たら酪農畜産に使えることがわかり、戦後開拓として活用が始まった。つまり、酪農畜産は日本では全面展開はできないけれども、自然風土という視点から見ても一定の意義はあると言うべきだと思っているのですが。

和仁:寒冷な北海道などはまさにそうですし、本州の山地や高原地帯なども本来は水田向きではありません。そういう土地を酪農によって上手く使えたというのが戦後の流れだと思います。

高齢者に適した栄養という新たなニーズ

前田:食文化にとって栄養的な概念は結果的に現れるものだというご指摘ですが、現代社会では栄養とニーズが結び付けられることもあります。

和仁:現代の超高齢社会では、50歳くらいまでとそれ以降の栄養を分けて考える必要があります。高齢者のためには、より吸収しやすいタンパク質やカルシウムの摂取が重要であるといったニーズが発生するわけです。

前田:近代以降、特に現代においては、栄養が食文化の形成要素として強く意識されるようになっているということですね。日本における乳文化は栄養という概念があったからこそ定着したと言えますから、近代における栄養という視点から見て、なぜ乳が現代社会に必要かを伝えるといった、食文化論の中に栄養問題で切り込んでいくアプローチが必要になります。

和仁:日本人の牛乳消費は、元々は戦後社会における国民の体位向上という要請からスタートし、その後の高齢化によってカルシウムを摂る必要が出てきたということ。ここまでは全部理詰めで進んでいるのです。
乳酸菌やプロバイオティクスなども理詰めの結果として定着してきたものです。それはそれでいいけれども、理詰めだけでは習慣性には至りません。これを食べないと夜も寝られないという感覚になるには、ノスタルジーが伴わなければなりませんから。

乳文化の成熟のカギは「意味的価値」の向上

前田:フィリップ・コトラーは近著『マーケティング3.0』で、機能的価値、意味的価値、精神的価値という価値の段階性を提示しています。機能的価値は製品の機能で、栄養などが前面に出る。意味的価値は幅広い概念ですが、宗教的な儀式のシンボルになるとか、おにぎりを食べると大好きなおばあちゃんのことを思い出すとか、経験的な意味性もある。精神的な価値とは、社会的エートス、最近の日本で言えば絆を感じるといったことで、コトラー自身は精神的価値が評価される社会になっていると指摘しています。
これまでの議論をこの分類に沿って考えると、乳の文化的成熟のポイントは意味的価値にあると言えそうです。

和仁:
例えばモンゴルでは正月になると、チーズをお供えのように扱って、近隣とのつながりを深めるために交換したりします。日本ではコメの象徴である鏡餅を供えますね。あるいは、かつての日本では病気のお見舞いに卵を持っていく習慣がありましたが、代わりにチーズを持っていくことはありません。そこまでの意味的価値は持てていないのです。
牛乳やチーズやヨーグルトは、日本人の食体系の中で少しずつ意味を持ち始めている過渡期にあるのだと思います。

前田:
そうした過程はマーケティングによって克服できるのか、それとも自然の流れで変わっていくのでしょうか。

和仁:
慣習の部分はマーケティングで変えられます。バレンタインデーは洋菓子メーカー、恵方巻は海苔メーカーのマーケティングの結果ですから。消費者を相手にする場合は慣習にアプローチするわけです。
その点で、Jミルクが提案しレシピ集も出版している「乳和食」には調理の技術が含まれていて、僕はあれは新しくて面白い視点だと思っています。
レシピ集に載っているホエーでお米を炊く、納豆に牛乳を入れて混ぜるなどは、文化的融合の一つのあり方です。

欧米の乳文化の模倣から、日本独自の価値開発へ

高見:『目からウロコのおいしい減塩 乳和食』は、減塩というコンセプトによってまとめたレシピ集です。その出発点にあるのは、従来の牛乳料理はなぜ定着しなかったかという疑問です。
これまでにも牛乳を使った多くの商品や牛乳料理レシピが開発されてきましたが、文化として、自分たちの日常の食卓に取り入れようとはされていません。クリームシチューやグラタンのような欧米型の牛乳料理はありますが、和食の中には定着していない。それはなぜかを、食の形成要素を踏まえて考えることが重要だと思うのです。

和仁:
日本人は欧米の食文化を上位のものと見て真似てきました。乳業会社も同じで、牛乳乳製品の消費量を欧米並みにするにはどうすればよいかと考えてきたのです。その消費量が飽和状態に近づき、もう一度身の回りの食を見直そうとしているのが現状だと思います。
消費量が飽和状態ということは、タンパク質の「取り合い」をしているということ。乳の消費が増えるためには、その分、肉や魚が減らなければならない。成熟した社会においては、そうした大きな変化が起きにくいことは確かです。

高見:
先ほどお話にあった高齢者の栄養という点で、乳の位置づけが明確になってきたというチャンスはありそうです。また、従来のアンチ肉的な風潮の反動で、あっという間に肉推奨の気運が強まりつつあります。これも取り合いの一つの例ですね。
牛乳の消費量が飽和状態とすれば、食の形成要素のどの部分が主体的に関わっているのかを明らかにする。その上で、現状を変えるために必要なことを食の形成要素を踏まえて検討し、どこかに比重をかけて進めていくといった具体的な取り組みが必要だと思います。

地域レベルで広がる乳と和食文化の融合

和仁:広島県の酒どころとして知られる西条で「酒粕チーズトースト」を提供しているカフェがあります。あるいは福井県の郷土料理「へしこ」を使って、「へしこチーズドリア」を売り物にしているレストランもあります。そうした乳と和の食文化の融合が、いま全国各地で試みられています。今から20年前には考えられなかったことですね。
僕は、こうした草の根的な動きを大切にしたいと思っています。昔ながらのへしこ飯では飽きられているけれども、へしこチーズドリアにした途端に売り上げが上がる。それは新しいトレンドだというセンスなのです。

前田:食品の商品開発やマーケティングを考える時に、食の形成要素を踏まえた組み立てがないと、その商品には属性がなく定着もしない。食文化研究の成果を使うのは企業でいいと思うのですが、そういう総合的な視点がなければ企業は発展しない時代になっているということですね。

高見:実際に企業でもこうした議論を始めています。そこで関心事の一つになっているのが、乳の「うまさ」とは何かという問題です。
日本人はアミノ酸の「うまみ」に対して郷愁性を持っていて、それが習慣性につながっています。『乳和食』では、牛乳の味がせず、牛乳がダシの代わりになり、塩やみそ、醤油などの調味料を減らすことができています。ダシの代わりになる牛乳の「うまみ」や「コク」が何なのかを研究し、明確にすることが、牛乳の位置づけを日本の食の中に説得性を持って入れさせる上で重要なことだと考えています。

おいしい減塩を実現する牛乳の「コク味」

和仁:ある会合で栄養士さんたちにカボチャのミルク煮を紹介したところ、従来の減塩食とは違っておいしいと好評でした。これは、牛乳の味覚強度がアミノ酸と近いためで、食塩を減らしても牛乳の「コク味」によって味の満足感を感じているからです。牛乳に代わるものが他にあるかというと、液体ではあまり見当たらない。

高見:先生は「コク味」という言葉を使われていますが、一方で「うまみ」という言葉もあります。「うまみ」とはどういうものですか。

和仁:「うまみ」というのは、味覚神経中のセンサーで感じる味の一つです。具体的にはグルタミン酸ソーダの味で、甘い辛いといった五味に加えて、「umami」という用語が味覚研究分野では国際的にも使われています。
日本人は「うまみ」を総合的な意味で使ったりするので、僕は「コク味」という言い方をしています。ダシやブイヨン、牛乳それぞれにコク味があり、ブイヨンやダシの代わりに牛乳を使ってコク味を出しているから、食塩量を減らしてもおいしいというのが乳和食の基本的なセンスです。

前田:牛乳のコク味の出方は調理方法によっても異なりますから、乳和食とは、牛乳のコク味を日本食に活用するための調理技術という考え方になるのですか。

和仁:そうですね。ただ、そうした調理技術という視点で見ると、いまのレシピではまだ数が足りない。
ヨーグルトで漬物を漬ける塩ヨーグルト床などもどんどん取り入れるといいと思います。

乳の価値開発につながる草の根的取り組みも

前田:まとめとして、「乳の学術連合」での今後の研究の視点について考えてみたいと思います。

高見:国でも長寿のための健康な食事のあり方を検討し始めていて、現代の日本人の食事は比較的良いことが明らかになりつつあります。当然その中には乳も含まれていますから、いまの健康な食事において、牛乳が果たしている役割を明確にすることは大切だと思います。

前田:牛乳やヨーグルトといった商品ベースでは売り上げが伸びてきたにも関わらず、なぜ日本食に牛乳が活用されないのかというのは一つの大きなテーマ。逆に、日本の風土にはなかった牛乳やヨーグルトが、なぜこれほど定着したのかというのもテーマになりそうです。健康目的だけではないですよね。

和仁:はい、健康や栄養はきっかけにはなりますが、それだけでは習慣性は確保できません。一つの食品の習慣性の確立は数十年かけて進むものですから、研究活動としては、長い目で見ながら定点観測を続けていくことになります。
日本人が乳の消費というものに立ち向かってから、まだ50年程度しか経っていません。いま乳の消費は過渡期にあり、今後も大きく変化していくことが予想されます。
食文化の栄枯盛衰を研究者がリードすることはできませんが、サポートはできると思っています。だからこそ僕は、「カマンベールチーズ揚げ餅」や「へしこチーズドリア」のような草の根の取り組みを見守り、エンカレッジしていくことを大切にしたいと考えているのです。

前田:「乳の学術連合」でも今後、日本食と乳の文化的・栄養的融合に関する研究を進めていく計画です。今回のお話を通じて、研究の具体的な方向性が見えてきました。本日はありがとうございました。
 


和仁皓明 氏
(西日本食文化研究会主宰)

1931年、北海道生まれ。東北大学農学部卒。米国メリーランド大学大学院修士課程卒(農学博士)。1955年、雪印乳業株式会社に入社。品質管理研究者、開発企画室長などを経て退職。1992年より2006年3月まで東亜大学大学院総合学術研究科教授。