酪農家と共に地域の幸せな暮らしに貢献したい
~縁を結ぶ出雲のもとで~
-ミルクバリューチェーン-

j-milkリポートvol-34より

島根中酪株式会社 代表取締役社長 松浦 克美 氏、常務取締役 渡部 靖司 氏

1953年に地元酪農家らによって発足した島根県中央酪農農業協同組合連合会(島根中酪)を前身とする、島根中酪株式会社。農協乳業として地域の酪農と共に歩みながら、2017年に株式会社化しています。物流の広域化や人手不足などの課題の中で、ミルクの価値づくりにどう取り組まれているのかお聞きしました。 (聞き手:Jミルク専務理事  前田浩史)

地域乳業の経営に大きな影響を与えた物流革命

前 田:地域乳業にとって転機となったのは、1990年前後だと思います。拡大を続けた牛乳消費が停滞期に入り、売上減に直面するメーカーが増えていきました。当時の経営環境の変化をどう見られていますか。

松浦氏:
90年代以降の地域乳業の経営に最も大きな影響を与えたのは、物流革命だったと思います。大手量販店を中心にセンター配送が始まり、物流の広域化によって県外の商品が地元市場に一気に入ってきました。
牛乳は「水物で要冷」という特性によって営業エリアが限定されていたのですが、センター配送方式によって、例えば東京のメーカーが地方の市場に商品を供給できるようになりました。逆に地方メーカーが都市部の市場にアクセスすることも可能になったのですが、全般として地域乳業は防戦に追われるようになったと思います。牛乳乳製品以外の食品や農産物全般に共通するこの状況は、現在も基本的には変わっていません。

前 田:地域のメーカーとしては、地元産の牛乳乳製品の価値をどう生み出し、ナショナルブランドが優位とされる大手量販店のチャネルの中でいかに実現するかが課題になります。

松浦氏:消費者に地域製品の価値を伝えて、消費行動につなげてもらう取り組みが必要だと思います。地域の商品は、その土地の歴史や人々の暮らしから生まれたものですから、地元の商品を購入することで地域が守られ、元気にもなる。こうした意識を持つ人を増やしていかないと、地域の市場も大手のナショナルブランドに占有されかねません。
  • 松浦 克美 氏 島根中酪株式会社 代表取締役社長(中)
    渡部 靖司 氏 島根中酪株式会社 常務取締役(右)

「伝えたい価値」を軸に、地域への啓発活動を再編

前 田:そうした課題に対してどのような取り組みをされていますか。

渡部氏:出雲市の小学校の社会科教材に地域産業として「中酪牛乳」が取り上げられている関係で、昭和40年代後半から社会科見学を受け入れています。私たちの工場の他に、地域の牧場で牛と触れ合って地元産の牛乳を知ってもらう内容で、現在も市内の小学生の大半が参加しています。
また昨年からは見学時に、牛乳の風味変化問題も扱っています。牛乳は生きていて、工場でつくるけれども常に同じではないことをわかりやすく伝えています。こうした体験で学んだことが大人になっても残ってくれれば、消費行動につながると考えています。
株式会社になる前は、家族向けの工場見学やバターづくり体験などを毎週行い、年間2000~3000人を受け入れていました。「島根中酪ファン」を増やす取り組みとして続けていたのですが、経営面への効果が把握しにくく、現場社員の負担の大きさも問題になっていました。
そこで株式会社化後には、一般向けは休止し、学校の社会科見学に絞ることにしました。企業の社会貢献と、昨年来の風味変化問題への対応として必要性が高いと判断したからです。目的を明確化した上で、食物や動物への感謝、命の大切さなど、伝えたい価値を中心に見学内容も再構成しています。

前 田:商品開発面での取り組みや課題はいかがでしょうか。1990年ごろから、農協乳業も大手並みに多様な商品をつくろうという流れがありましたが、現在では商品の絞り込みが課題になっている例が少なくありません。

松浦氏:弊社も同じです。現在は牛乳だけでメインが4種類ほど、宅配専用も含めるともっとありますが、商品の差別化という点で、それらが本当に機能しているかを検証し、「選択・集中」の必要があると考えています。
90年代の商品開発が上手くいかなかったのは、地産地消の推進、特産品を使って商品をつくるという思いが先行して、いくらで何個売れば採算が取れるかといった計算が甘かったという点があります。商品化でもっとも大切なのはその部分で、確実な計算の上にコスト管理や販路、仕入れ量の確保といった課題が見えてきます。

渡部氏:例えば出雲特産のイチジクを使ったヨーグルトの開発では、初期には生食用のイチジクを使ったためにコストがかさむということがありました。食べておいしいのは確かですが、売価が250円くらいになってしまう。この価格だと特産品のギフトセットには適していても、県内の量販店で日常的に買ってもらえる商品としては定着しません。

前 田:地域の価値を生かしつつ、コストを適正化し、仕入れや販売チャネルも選別して常に一定量が製造・販売できるようにする、商品政策全体を組み立てる必要があるということですね。

部門別収支の徹底を図りコスト削減・合理化を実現

前 田:2009年以降は、外部から招いた役員を中心に製品の絞り込みやコスト削減などの改革に取り組まれていますね。

松浦氏:1997年にHACCPを取得したのですが、関連設備投資がかさんだこともあり、その後10年ほどは経営的に苦しい時期が続きました。
私共は地域の酪農家と歩む車の両輪で、良い乳をもらって優れた商品をつくるという使命感には燃えていたのですが、収支がついてこないのです。JAさんからも厳しい目で見られますし、職員のモチベーションも上がりませんでした。その後、地域酪農を守るために必要な存在として認められ、株式会社化という方向性が見えてきた時期から経営改革に取り組んでいます。

渡部氏:軸になるのは部門別収支の徹底です。最初に取り組んだのは燃料や電気、水などエネルギーコストの削減でした。例えば燃料費なら、使用量と購入単価を部門ごとに毎月検討し、改善を加えていきます。会社全体の数字ではなく、個別の内容に踏み込んで意識づけさせるということです。加えて、廃油も利用できる新たな設備を導入したことで燃料調達コストも下がり、減価償却以上に利益が出るようになりました。
また、仕入れた生乳に対する製品歩留まりの改善も部門ごとに徹底し、「充てん部門はこれだけ、ヨーグルト部門はこれだけ回収して、原材料の削減になっている」といったように成果を見える化しました。さらに営業部門も、拠点や業務委託の整理なども含めて合理化に取り組みました。こうした改善活動は現在も続けており、利益率の改善に貢献しています。
  • 自社工場で製造される牛乳、乳飲料、ヨーグルトは現在40種類。

地域乳業間での情報交換・ノウハウ共有の場が必要

前 田:労働力の確保と配送コストの高騰も多くの地域で課題になっています。

松浦氏:
配送コストの削減は容易ではありません。弊社では配送以外の倉庫内管理も含めて運送業者さんと業務委託しています。全部を内製化すると労働力の確保と労務管理が求められるので、ある程度の委託は必要ですが、そうするとコストは下げにくくなります。
今後の対応策としては、自社で行っている配送の見直しに加え、異業種との協業などが考えられます。困っているのはみんな同じですから、日配で冷蔵が必要な業種との連携を模索する必要があると思っています。
一方の雇用も非常に厳しいです。近年の出雲市はオーバーストア状態で新規出店が相次いでいる上、市内工業団地の大手電子部品メーカーなどが大量募集をかけることもあり、人手不足が続いています。工場内の作業は言葉でのコミュニケーションが重要ですから、外国人労働者も採用しにくい状況です。

前 田:
退職後の人材の活用はどうでしょうか。例えば東京の大手乳業メーカーを退職した人が地域乳業に再就職して、技術レベルの向上に貢献しているといった事例をいくつか伺っています。

渡部氏:
乳業出身ではないですが、他企業を退職された60歳以上の雇用は弊社でもあります。大手乳業さんで技術や経験を培った人材が地域乳業に再就職することは、乳業界全体の底上げにもつながりますから、こうした取り組みがもっと増えるといいですね。

前 田:
人材を求める地域乳業と、退職後に地元で働きたいという人たち、双方のニーズをマッチングできるしくみを業界としてつくれないかという気がします。まとめとして、Jミルクの活動への要望をお聞かせください。

松浦氏:
Jミルクには大手乳業・中小乳業も参加していますが、課題意識はかなり異なるのではないかと思っています。
私たち地域乳業に求められるのは、地元の牛乳を残して、地域の酪農家を元気にしていくことですが、店頭では大手さんの製品と競合しなければなりません。こうした状況に置かれた地域メーカーの、商品開発や販売方法などのモデルケースを紹介してもらえると参考になります。例えばこの連載で以前取り上げていた「牛乳甘酒」(白水舎乳業・宮崎市)などは興味深かったです。地域の事情は異なっても課題には共通したものがあるので、アイディアとして参考になります。

前 田:
皆さんの課題解決に役立つ情報をどう集めて、いかにして届けるかが私たちの課題です。地域乳業は研修やセミナーなどにもなかなか人を出せないという状況も聞いているので、こうした部分への対応も検討していきたいと考えています。本日はありがとうございました。