“この指とまれ”の精神で 地域の力を経営に生かす

j-milkリポートvol-36より

【対談】
堀初治氏(株式会社ホリ乳業 代表取締役)
前田浩史(Jミルク 専務理事)

1932年創業のホリ乳業株式会社(石川県金沢市)は、自社牧場でつくる地元産牛乳のおいしさを前面に出した商品づくりを軸に、地域に根ざした経営を続けています。産学連携での商品開発や地域社会とのつながりを深める取り組み、酪農乳業の国際化への対応など、経営の現状と今後の展望をお聞きしました。

  • 堀初治氏(株式会社ホリ乳業 代表取締役)
  • 前田浩史(Jミルク 専務理事)

経営資源をフル活用して、「売りたい」商品を届ける

前田浩史(以下、前田) 御社の経営方針と商品開発の特徴をご紹介ください。

堀初治氏(以下、堀) 一言で表すと「この指とまれ」の考え方です。金沢という立地や自社牧場(河北潟ホリ牧場)などの資源を最大限生かしながら、自分たちが良いと信じるもの、売れるものというより、“売りたい”と思うものを商品化して、その姿勢に賛同していただける皆さんと一緒に歩んできました。

 もともと県内には有力な地域乳業が複数あり、大手メーカーさんも進出していました。経営していた父が亡くなり、母が引き継いだのが1980年ですが、すでに地元市場で私たちが入り込める余地は限られ、牛乳だけでは難しいことがわかっていました。私は大学1年の頃から経営の手伝いを始めました。最初に開発に関わったのはコーヒーフレッシュで、市内の喫茶店を一軒一軒回りました。その後、工場の新設に合わせて県内の病院をほぼ全部回って牛乳の販路を開拓しました。それ以来、医療現場は当社にとって大きな販売先になっています。

 それと並行して、ヨーグルトの製造も行っています。現在は売り上げの55%程度がヨーグルトで、アイテム数も牛乳より多いです。なかでも当社の顔と言える商品が、22年前から販売している「ヨーグルメイト」です。東京の販売会社などと共同開発した生乳95%のヨーグルトで、酸味の非常に強い商品が主流だった当時としては珍しく、果糖でやさしい甘さを加えています。プレーンでもおいしく食べられて腸内有用乳酸菌が摂れるというコンセプトが受け入れられ、ロングセラーになりました。

地域の大学と連携し、県産食材を使った商品開発

前田 地元大学との連携で開発された商品もあるそうですね。

 はい。9年ほど前、金沢大学医学部の鈴木信孝先生(現・同大学院特任教授)に別の商品の提案をした際、先生が研究されていたハトムギエキスをヨーグルトに使えないかというお話がありました。サンプルの評判も良かったので研究を続け、2013年に「金沢ヨーグルト」と名付けて発売しました。県産ハトムギエキスのほか、コエンザイムQ10や葉酸、酪酸菌なども入っていて、乳酸菌の整腸作用に加えて抗酸化作用や抗炎症作用も期待できる商品です。
 フランスの海岸松の樹皮から抽出された天然成分ピクノジェノールを加えた商品や、国産大豆をまるごと使った大豆ヨーグルト「ソイフローラ」、アーモンドのヨーグルト(近日発売予定)など、他社さんが手がけていないユニークなヨーグルトの開発も積極的に行っています。
 商品づくりで一番こだわっているのは生乳比率と乳酸菌です。地元産の牛乳をたくさん使って、他の素材の風味とバランスを取りつつ、牛乳のおいしさを前面に出した商品を提案しています。

前田
 欧州などでは乳業者が地域独自の乳酸菌の発見に注力しています。菌のビジネスは収益性が高いし、商品の個性を出すという点でも最終的には独自の菌が求められるということもあります。国内でも大手メーカーはもちろん、各地のチーズ工房などが独自の乳酸菌の発見に取り組んでいます。石川県でもこうした動きはあるでしょうか。

 石川県は伝統的に発酵食品の多い地域です。5年ほど前から官学連携で、地元の食品から100種類以上の菌を集めています。ただ、乳由来の乳酸菌にはまだ手が回っていないのが現状です。

 県の組織の中にそうした研究体制があればいいですけどね。継続して取り組んでいかないと、地元に専門家が育ちません。

 乳製品に関連する分野としては、機能性表示などの取得支援や、商品の販売・物流もやや手薄なのです。地域乳業にとって商品開発と並んで課題になるのが、販売チャネルの獲得です。石川県は工芸関連の産物が豊富で物流や販売網も整備されているのですが、冷蔵品への対応は県の取り組みもまだこれからだと思います。

前田 
大消費地から離れた地域の酪農乳業が物流で苦労し、商品の付加価値を高めてそれを克服しようとする点は、共通しているところがありますね。その成功例が、ひまわり乳業(高知県南国市)や岩泉ホールディングス(岩手県岩泉町)でしょう。

 ひまわり乳業の吉澤文治郎社長とは以前から親交がありますが、彼はすごい発想をしているなと思います。地域の野菜農家を一から育てながら青汁をつくったりしている。物流面で不利な高知に拠点を置きながら、東京にも商品を出荷していますからね。

地域の関連団体とも連携、牛乳の価値を市民に発信

前田 商品開発だけでなく、コミュニケーション戦略でも地域との結びつきを重視されていますね。

 金沢骨を守る会や発酵食大学など、食と健康関連の地元団体や他の企業とも連携して、市民向けフォーラムなどで情報発信しているほか、牧場のある河北潟周辺の農業生産者と消費者が交流する「河北潟ふれあいフェスタ」にも協賛しています。
 当社の商品を詳しく紹介するというより、地域の皆さんに牛乳乳製品の健康栄養機能を知ってもらって、食べていただく機会づくりと位置付け、地道に続けています。

前田 Jミルクの酪農乳業産業基盤強化特別対策事業では、乳業メーカーが酪農家や地域と連携して行う社会貢献活動に補助が出ます。まさに御社が行われているような、地域と結びついた活動にこの助成金を活用していただきたいと思っています。
 コミュニケーション面では、最近はSNSを活用した情報発信にも力を入れられているそうですね。

 地元も含めた対外的な発信を強化したいという意図はもちろんですが、社員のモチベーションや目的意識、帰属意識の向上といった効果も期待しています。「この指とまれ」の精神で、新しいことに面白がって取り組む姿勢が、社内にも好影響を与えるのではないかと。
 最近の若い世代は仕事に対する考え方が以前とは違っていて、社内的なコミュニケーションの構築も従来のやり方は馴染まなくなっています。社員の能力開発も含めて、新しい手法が必要だと思っています。

前田 大山乳業(鳥取県)のように、社会とのつながりをつくる活動に若い社員がチームで参加する事例が参考になりそうですね。若い人材のマネジメントでは管理職が学ぶべきことも多いですから、研修機会をつくることも大切です。前述の特別対策事業は、管理職向けの社内・社外研修活動も助成対象になるので、こうした支援もぜひ活用してください。

地元産牛乳の大切さを社会に伝える努力も必要

前田 経営の強みを生かした今後への展望はどうお考えですか。

 商品面の強みであるヨーグルトについては、新工場の整備で生産能力を拡充する予定です。今後はヨーグルトと地元産の牛乳をセットにしてシェア拡大を目指す販売戦略により、牧場を持つ強みをさらに磨いていきたいと思っています。

前田 SDGsの普及に伴い、地域循環型経済に貢献する動きが企業に広がっているので、地元産品への関心は高まっていくはずです。一方で国際化の影響についてはどう見られていますか。

 脅威であり、チャンスでもあるという認識です。現状でも脱脂粉乳などは海外産のほうが安いですし、原材料の確保という面ではメーカーにとって利点もあるでしょう。一方で今後の自由競争の広がりにより、例えばヨーグルトも賞味期限の長い一部の商品などは、海外から入ってくる可能性があります。地域の酪農生産を守るためにも、海外製品に対抗できるものをつくっていくことが私たちの役割です。
 加えて、地元の新鮮な食材を摂る価値を消費者に伝えていく努力も大事だと思います。日本では低温殺菌牛乳のシェアが伸び悩んでいますが、例えばIDF(国際酪農連盟)などを介して世界の牛乳事情が国内にも知られるようになれば、消費者も地元産牛乳の大切さを見直してくれるのではないでしょうか。この点はJミルクさんからの情報発信にも期待しているところです。

海外動向や乳の歴史的な価値に関する情報発信を

前田 欧米で始まった変化が、10年ほど遅れて国内に入ってくることは多いので、海外のマーケットや消費志向の変化には常に目を配っておく必要があります。例えばアメリカの若者の間では、ベジタリアンやビーガンほど思想的ではないけれども、週に1回程度は肉や乳製品を摂らない日をつくる“フレキシタリアン”と呼ばれるライフスタイルが広がりつつあります。これが日本でも普及するかどうかはわかりませんが、消費活動に何らかの影響を与える可能性はあるでしょう。
 昨年4月にJIDF事務局がJミルクに統合されたことを受け、今後はこうした情報も含めて、定期的に世界のマーケット動向を発信する予定です。地域乳業の経営にも寄与する情報をお届けしていきたいと考えています。

 海外では、「飲む牛乳」「食べる牛乳」「保存する牛乳」と利用形態に応じて別々の法律を整備している国があるのに対し、日本は一つの法律だけで対応しています。こうした世界の考え方を、一般の消費者にも伝えてほしいです。
 また、1万年前から利用されてきたミルクの歴史についても、もっと情報を発信してほしいと思っています。牛乳は“ただの白い水”ではないことを、歴史的な視点から訴える取り組みに期待したいですね。

前田 日本はまだそこに目が向いていないし、私たちもミルクの歴史的な価値に光を当てきれてないところがあります。人類の乳利用の歴史に関しては、近年の研究で新たなエビデンスが次々に出てきているので、今後はこうした情報発信もさらに充実させていきたいと思っています。本日はありがとうございました。
  • (左)専務取締役 製造部長 堀初弘 氏( 中)代表取締役 堀初治 氏( 右)品質管理課 室長 下村比呂美 氏
  • 商品開発のコンセプトは「まごころ+本質+独自性」。低温保持殺菌法や腸内乳酸菌に特化した発酵法などの技術を加えることで、生乳本来のおいしさを引き出す。
株式会社ホリ乳業
(本社)〒920-0361 石川県金沢市袋畠町北62
TEL 076-267-2740
http://horimilk.co.jp

株式会社ホリ牧場/有限会社 夢ミルク館
〒920-0263 石川県河北郡内灘町湖西243
https://yumemilk.co.jp