座談会
コロナ後の社会に対応するコミュニケーションのあり方

j-milkリポートvol-38より

牛乳乳製品や酪農乳業の価値を業界全体がチームで発信する

コロナ禍により、消費者の食と健康、環境に対する価値観や行動が変化しつつあります。私たち酪農乳業は今後、消費者や地域社会へどのようなメッセージを伝えていくべきでしょうか。業界関係者による座談会で、コロナ後も見据えたコミュニケーション活動のあり方を探ります。
  • "Google meet”を活用し、北海道、鳥取、東京にてオンライン座談会を開催。
    日々のご活動を伺うと共に、皆さんの思いをつなげます。

パネリスト

酪農や牧場をもっと身近に感じてほしい

北出 愛(きたで あい) 氏
(株)山岸牧場(北海道士幌町)

実母がヨーグルト工房を立ち上げたことを機に家業を手伝うことになり、家族の生乳にかける思いを知った。これからも酪農を続けるため、自分たちも楽しみながらできることをモットーに、酪農に興味を持ってもらうきっかけとして、ヨーグルト工房、カフェ、宿泊施設、酪農体験の運営などを始める。「あらゆる出会いを大切に、酪農を身近に感じてもらうきっかけづくりを続けたい」と語る。

白バラ牛乳の良さを多くの人に伝えたい

福井 大介(ふくい だいすけ) 氏
大山乳業農業協同組合 総合企画室 係長

 
販売店勤務などを経て大山乳業へ転職し、当初はバター製造を担当。「気温や湿度の微妙な違いが品質に反映されるバターづくりの奥深さに魅力を感じていた」と話す。その後ブランディングチームに参加して広報やグッズ開発に関わる。「人前で話すことが苦手だったのが、今では大好きです。私も鳥取出身で、白バラ牛乳を飲んで育った一人。自分の好きなものに関わり、その良さをたくさんの人に伝えられる今の仕事にやりがいを感じています」

女性が輝く環境づくりで酪農を元気にしたい

戸川 美子(とがわ よしこ) 氏
全国農業協同組合連合会 酪農部 生乳課


大学卒業後、JA全農に入会。現地研修で、中山間地における地域コミュニティに対して酪農業が果たしている役割に感動し、酪農部を希望。入会以降、酪農部にて生乳流通業務などに関わる。都府県の生産基盤強化の必要性を実感する中で、「女性が元気だと牧場も元気という酪農家の言葉から、女性が活躍できる環境づくりに着目しました」と話す。「酪農は支援や保護の対象という印象を持たれやすいですが、現場の酪農家さんはパワフル。皆さんと接する中で私自身が力をもらっています」

コロナ禍で見直される国産食品の価値

  • 酪農経営の多様性を地域の高校生に伝える
  •  

——皆さんが取り組まれている消費者や社会に向けたコミュニケーション活動の内容と、活動する上で大切にされていることをお聞きします。

 北出愛氏(以下、北出) 家の牧場に関連する業務のほかに、十勝管内の若手酪農家グループ『グットラク(Good酪+)』に参加し、地元の帯広農業高校で出張授業などを行っています。
 高校生たちに伝えたいのは、酪農の正解は一つではなく、地域の特性や酪農家自身が目指すものによって多種多様なやり方があること。実家が農家という生徒もいるので、自分の家族とは異なる酪農の考え方やスタイルを知ることは、酪農家という職業の可能性を捉え直してもらう上でも大切だと思っています。
 例えば、自分の家族の様子を見て「酪農は休めない仕事」と考えている生徒もいますが、若手酪農家が毎年休みをつくって夏フェスに出かけていることを話せば、自分の働き方次第で休日がつくれることを知り、興味を持ってくれます。実際に出張授業での酪農家の話に刺激を受け、海外研修に参加した生徒や、卒業後に授業講師の牧場に就職した生徒もいます。
  • 「Good酪+」には十勝の若手酪農家12人が参加。経歴や牧場の経営形態の異なるメンバーが目的意識を共有し、地域の酪農を盛り上げる活動を展開している。

  • 酪農生産基盤の強化へ女性の活躍をサポート

 戸川美子氏(以下、戸川) JA全農で生産基盤強化への働きかけの一環として、取引先の日本コカ・コーラ株式会社との連携で出張授業や女性酪農家の交流会等を支援しています。
 日本コカ・コーラには多くの牛乳を使っていただいており、需要拡大という点でも大切なお取引先です。2008年以降に都府県の生乳生産が漸減する中、お客様からは安定供給を求められる一方、私たちとしては安定的な消費拡大の重要性が増してきました。
 互いの関係をより良くして、ビジネスの成長を描くための取り組みとして、コカ・コーラが世界50か国以上で展開している女性支援プログラム「5by20(ファイブ・バイ・トゥウェンティ)」を通じて両者が連携し、生産基盤の強化につながる活動をしたいと考えました。
 生産現場の課題の一つとして後継者確保と新規就農の支援があります。女性が元気な酪農家は後継者が付きやすいという話を聞き、現在酪農に関わっている女性たちのエンパワーメントにつながる活動として、酪農女性サミットなどのイベントに協賛しています。
 新規就農支援に関しては、全国の農業系高校で「酪農の夢」出張授業を行っています。仕事を楽しんで輝いている女性酪農家が講師となり、酪農の魅力や女性が活躍している姿を伝える内容です。学生さんたちが将来、酪農に関わる仕事を目指すきっかけの一つになれたらよいなと思っています。
  • 昨年6月に帯広農業高校で開かれた「酪農の夢」出張授業では、酪農科学科の1~3年生など約130人が、北出氏ら十勝の女性酪農家の講話を熱心に聞いた。

  • 生産流通の理解促進へ酪農家の声を消費者に

——コロナ禍以前のように直接的な場で交流を深めるコミュニケーション活動が難しくなる中、どんなことを焦点化していくことが必要とお考えですか。

 戸川 家庭で食事をする機会が増えたことで、手軽な加工食品だけでなく、より原料に近い食材への回帰が起きています。牛乳やヨーグルトなど国産品に興味を持つ消費者も増えました。牛乳は国民の97%が飲んだことがあると言われる、すそ野の広い商品。プラスワンプロジェクトへの好意的な反応など、牛乳や酪農は多くの人に愛されていると感じます。
 一方で、「牛乳が余っているのにバターが足りないのはなぜ」という声が上がっていたのも事実です。消費者からすれば、業界への信頼がマイナスに変わりやすい要素でもあるので、JA全農でも新しい事業を立ち上げ、業務用バターを家庭向けにネット販売するなどの取り組みを始めました。
 なぜ今家庭用バターが不足するのかを端的に説明するのは難しく、各乳業者による情報発信でも説明の仕方がそれぞれ違います。より多くの消費者にご理解いただくためには、ネット通販の活用や店頭POPの工夫などに加えて、生産する酪農家さん自身の声にも大きな影響力があると思います。生き物である乳牛からの産物という、生乳生産の本質的な理解につながる発信をしていただく機会をつくることも大事だと思っています。

——3~5月にかけての需給緩和に伴う生乳廃棄などのリスクに関するSNSでの情報拡散の影響力は大きかったと思います。生産現場の実態が消費者に届いたことが、さまざまな支援の動きにもつながりました。こうしたことを今後も産業への理解として持続させていくためには、どのようなコミュニケーションが必要だとお考えですか。


 北出 今回、生乳が廃棄されないよう消費に協力してくれたことに、酪農家からも感謝の気持ちを伝えようと提案し、6月1日に地域交流牧場全国連絡会(交牧連)を通じて、SNS上でありがとうのメッセージを発信しました。
 私が交牧連に参加したきっかけは、酪農が身近になる手段を知りたかったからです。さまざまな立場の方々と出会い、全国の仲間たちとの交流を通じて視野が広がり、酪農業界は一つのチームで自分はその一員であるという意識を持つようになりました。今回のメッセージには、消費者だけでなく業界関係者にも感謝の気持ちを伝えたいという思いがあります。生産から食卓に届けるまでに関わるすべての関係者がお互いに仲間として意識し合うことも大切だと思っています。
 福井 農水省のプラスワンプロジェクトへの反応からも消費者の思いを感じましたし、メーカーとしても大変ありがたかったです。
 ある酪農家さんが、「スーパーの飲み物売り場に並んでいる商品で、牛乳だけが生き物からつくられている」と言われたのが印象に残っています。当たり前のように飲めるので意識する機会は少ないですが、牛乳は命を分けていただく食品。それを消費者に伝え続けていくことも大切だと思います。

  • 人材育成や商品開発で地域とつながる活動を

——感染症の終息が見通せない現状では、消費者との直接的な交流は地域レベルでの取り組みが中心になりそうです。地域社会の持続可能性という点ではどんな課題意識を持って何を伝えていくべきでしょうか。今後の活動の方向性も含めてお聞きします。

 北出 「Good酪+」では自分たちの手の届く範囲の活動として地元の学生に対し、未来の職業の選択肢の一つに「酪農業界」を入れてほしいという思いがあります。
 ネットは情報発信には有効なツールですが、実体験の代替まではできません。今までやってきた出張授業などの活動を、まずは地域で地道に続けることが大切だと思っています。
 学校を訪問できない今の時期は、より魅力的な授業内容やしくみを考え、自分たちのスキルアップを図る期間と考えています。合わせて、自分の地域は自分たちで支えたいという、同じ思いを持つ仲間をさらに増やしていくことにも取り組んでいきたいと思います。
 福井 今年に入って異業種の方とお仕事をする機会が増え、倉吉市のバッグメーカーさんとのコラボで白バラデザインのバッグを発売しました。また7月には地元警察署と交通安全啓発の蛍光アームバンドを共同製作し、地域の小学生に贈呈しています。企業PRだけでなく地域社会とのコミュニケーションとしても有効で、今後広がる可能性があります。
 白バラというブランドを県内の異業種の方と共有し、互いの良さを引き出しながら新しいものを生み出すことで、地域の一乳業メーカーの商品に留まらない、地域社会にも貢献性の高い新たな価値を開拓していきたいと思っています。
 戸川 生乳の安定供給という点では、生乳流通アクセスの能力強化とともに、都府県の生産をいかに安定化させるかが重要です。また、生産での調整が難しい食品であるため、需給構造も含めて消費者にご理解いだたくことが一つの課題です。この点は逆もしかりで、供給を安定させないと消費者も応援できないし、メーカーさんにも使っていただけません。
 そこで求められるのが、サプライチェーンの川上と川下の双方向コミュニケーションです。生産現場の実態を消費者に知っていただくことに加えて、流通や市場の現状を酪農家さんにも発信して、共有することが大事です。現在の酪農乳業組織は、業務の最適化や合理化の結果としてつくられてきたものですが、時にはその枠組みを超えて、業界が一体となって取り組むべきこともあるのではないかと感じています。
  • 県内メーカーと共同開発した「白バラ牛乳バッグ」の完成を平井知事(写真左)に報告。地域の活性化につながる大山乳業の取り組みは行政からも高く評価されている。
——まとめとして、Jミルクの活動への提言やご期待などをお願いします。

 福井 弊組合も参加させていただいた牛乳月間の「ミルクのバトンリレー」は、全国の酪農家や乳業メーカーが一つになっていると実感できる楽しい活動でした。今後もぜひ続けてほしいです。
 北出 バトンリレーのような企画に加えて、酪農家とメーカー、販売店の人が直接交流できる場をもっとつくってほしいと思います。一気に大きな活動をするのは難しいので、まずは簡単にできることから少しずつ、さまざまな立場で酪農乳業に関わる人たちが互いの現状を聞ける機会を増やしていただきたいです。
 戸川 川上にも川下にもコミュニケーションをしていく上では、一貫性のある情報が必要です。その指針づくりはJミルクという組織にしかできない役割だと思うので、短期的な需給のことも含めて緊密に連携していきたいと思います。お二人も言われるように、酪農乳業が一つのチームになって、共通のメッセージを発信できる場づくりを期待しています。


——酪農・乳業・販売という立場の違いを超えて連携できる枠組みをつくり、リアルな場での活動を地域で展開していくこと。業界がワンチームで課題に取り組むその姿を、ソーシャルメディアも活用して消費者に見える化していくことが大切だと感じました。本日はありがとうございました。