身近なミルクを通じて世界の食料問題を考えてほしい

j-milkリポートvol-25 より

ボリコ M・チャールズ氏(国際連合食糧農業機関 駐日連絡事務所 所長)
Jミルクの活動を支援していただいている業界関係者や、酪農乳業や食と関わりの深い方々に、今後の取り組みへの期待や提言を語っていただきます。

豊かな食環境だからこそ「食品廃棄」に課題意識を

—— ボリコ所長には2015年「牛乳の日記念学術フォーラム」の開会ビデオメッセージや、2016年「牛乳ヒーロー&ヒロインコンクール」の審査などを通じてJミルクの活動をサポートしていただいています。所長ご自身はミルクの価値についてどうお考えですか。

「腹が減っては戦ができぬ」という言葉があるように、食は命の源です。なかでもミルクは栄養価が高く、特に子どもの成長に不可欠。カルシウム、マグネシウム、ビタミンB12なども豊富ですから、体によい食品として多くの人に摂ってもらいたいと思っています。

ミルクを飲む際には、酪農家のおかげでこうした食品がつくられていることを考えてほしいですね。生産者に思いを寄せてミルクを飲むことが、食の問題への意識を高めることにつながります。

世界にはミルクを飲みたくても手に入らない人がたくさんいます。そのような中、とりわけ重要な課題は、先進国で膨大な量の食品が廃棄されていること。こんなに大事なものを簡単に捨てていいのでしょうか。無駄に捨てられている食べ物を、困っている子どもたちに届ける方法はないのでしょうか。皆さんにもぜひ一緒に考えていただきたい課題です。

生産現場の体験が食への意識を変えるきっかけに

—— Jミルクでは乳業メーカーや酪農家と連携して、毎年6月1日の「牛乳の日」、6月の「牛乳月間」にちなんだイベントを全国で実施しています。今年からはFAOが提唱する「World Milk Day」の呼称を前面に出し、公式SNSでの情報発信のほか、牛乳工場見学や都市部での乳牛とのふれあいなど、6月中に191件のイベントを開催しました。日本での「World Milk Day」の展開をどう評価されていますか。

いまの日本人にとってミルクは、生まれたときから当たり前のように飲んでいる身近な食品で、その重要性を意識する機会は少ないでしょう。乳業界が社会に働きかけ、認知度を高める取り組みは大切です。

私は母国の大学を卒業後に来日し、名古屋大学大学院で人的資源管理を学びました。当時アルバイトで、外国人が日本文化を体験的に学ぶ番組のリポーターをしていました。番組で味噌づくりの現場を訪れたときのことです。私は味噌が苦手だったのですが、生産者がいかに真面目に、また苦労して味噌をつくっているかを知って感動し、それをきっかけに味噌汁が飲めるようになり、大好きになりました。

自分で体感することによって、ものの見方や感じ方は大きく変わります。「World Milk Day」に関連するイベントが、皆さんにとってミルクや食への意識を変えるきっかけになれば素晴らしいですね。

政府や業界団体との連携強化で「飢餓ゼロ」へ

—— 国連が2015年に採択した「持続可能な開発目標」では、17の目標のひとつに「飢餓をゼロに」が含まれています。FAOとしてこの目標にどう取り組まれるのか、酪農乳業界への期待も含めてお聞かせください。

世界人口は2050年には97億人に達すると予想され、飢餓を撲滅するためには食糧生産を50%以上も増やさなければなりません。既存の開発方法では、自然環境を含めた天然資源に大きな負荷がかかります。

そこで「持続可能な開発」という考え方が必要になってきます。例えば1kgの牛乳を生産するために使われる水やエネルギーの量を検討し、天然資源を維持管理しながら持続性のある増産を目指すということです。

「飢餓ゼロ」は、どの国や地域の、だれも飢餓状態に取り残さないというインクルーシブな目標。これは言い換えると、「誰もが貢献できる」という意味でもあります。

一人ひとりにできる貢献として、先に述べた食品廃棄の問題があります。必要以上の食品を買って、「ほんの一口だから」と簡単に捨ててしまう。それぞれが捨てる量はわずかでも、世界何億人分も集まると膨大です。さらに、捨てた食品は温室効果ガスの排出源としても環境に負荷を与えます。世界中で廃棄された食品によって生じる温室効果ガスの量は、中国、アメリカに次ぐ規模になるとの試算もあります。食品廃棄は、食料や飢餓問題だけでなく、地球環境全体に関わる課題でもあるのです。

「持続可能な開発目標」は、ひとつの組織で実現できるものではありません。世界の国々や企業、NGO、専門機関が連携して取り組むことが大切です。FAOでは各国政府との連携強化を図っており、日本でも超党派の国会議員による「国際連合食糧農業機関(FAO)議員連盟」が5月に設立されました。今後もJミルクをはじめとする業界団体とのパートナーシップをさらに深めながら、飢餓撲滅という世界的課題に取り組んでいきたいと考えています。
  • ■神奈川県横浜市のFAO駐日連絡事務所で行われたインタビュー