健康効果を分子レベルで解明へ
- 牛乳乳製品の可能性を深掘りする -

j-milkリポートvol-28より

牛乳乳製品の摂取は、骨や筋肉の形成だけでなく、高血圧やメタボの予防にもつながることを示唆する研究成果が出ている。

食品の生理機能を研究する大日向耕作氏(乳の学術連合・牛乳乳製品健康科学会議会員)に、牛乳乳製品の持つ健康機能の可能性について聞いた。

ペプチドとアミノ酸のさまざまな生理機能に着目

—— 先生のご研究テーマをご紹介ください。

大日向:食品の生理機能が主要テーマで、食品と生体の相互作用によって何が起こるかを幅広く研究しています。食品成分の中でも特に注目しているのが、タンパクを酵素で分解した際につくられる、ペプチドやアミノ酸の生理機能です。

ペプチドの生理機能にはさまざまなものがあり、例えば神経系との相互作用により、情動や学習機能、食欲などに影響を与えるペプチドがあります。また、血圧や血糖値、エネルギー代謝を変化させる働きを持つペプチドもあります。

私は以前から食品タンパク質の機能そのものに関心があり、例えば、人がタンパク質を食べたときに、消化管の中の酵素で分解された後にどのような生理機能を発揮するのか、そのメカニズムを明らかにしたいと思ってきました。一方で、ペプチドの生理機能の詳細が明らかになれば、新しい機能性食品や医薬品の素材として活用できる可能性も広がります。その両方のアプローチで研究に取り組んでいます。

乳タンパク質からはストレス緩和作用を持つペプチドも

—— 研究を通じた乳との関わりは。

大日向:乳タンパク質の研究の歴史は長く、素材として入手しやすいこともあって、機能性の研究事例が多く、内容的にも最前線を走っています。

例えば、乳タンパク質を消化管の中で働く酵素で分解して得られるある種のペプチドが、精神的ストレスを緩和する作用(抗不安様作用)を示すことが、動物実験レベルで明らかになっています。私たちの研究で乳タンパク質を分解してつくられるあるペプチドのストレス緩和作用が医薬品に匹敵するほど強力であることが明らかとなりました。

ペプチドは2個以上のアミノ酸が結合した物質です。どのペプチドがどんな生理機能を持つかは、アミノ酸の配列が非常に重要です。乳タンパク質には“ストレス緩和性を示すペプチドの配列のルール”を満たすものが含まれており、消化酵素により切り出され生成するということです。

生理機能を持つ食品ペプチドの開発という点では、様々な機能性を示すペプチドの配列のルールをデータベース化して整理することも今後の研究課題の一つです。難点は、作業量が少なくないこと。タンパク質をつくるアミノ酸は全部で20種類ですから、2個のアミノ酸からなるペプチドの配列の組み合わせは400通り、3個で8000通り、4個だと16万通りにもなります。通常、生理機能を持つ配列を明らかにするには長い時間がかかりますので、新しい方法論による迅速化・効率化を目指しています。

食品機能のメカニズムを分子レベルで明らかに

—— 先生のご研究と乳の学術連合との関わりや、今後の取り組みの方向性についてはどうお考えですか。

大日向:
食品と生体の相互作用は、腸管という“ブラックボックス”を通って現れます。現在も、そこで何が起きているかわかっていない部分が多いので、しっかり研究していくべきだと考えています。食品中のどういう分子がどんな役割を持って生体と相互作用しているのかを解明しないと、「なんとなく食べて、なにかが良くなった」というぼんやりとした世界で終わってしまいますから、分子レベルで特定することが大事です。

一方で、疫学調査のように原因と結果を結びつける研究も重要です。その過程にあるメカニズムを明らかにするのは、私たちのような研究者がやるべき仕事です。多くの研究者が関わることで、分子レベル、細胞レベル、動物レベルと、さまざまなレベルで食品と生体の関係を解き明かしていく必要があると思っています。その点で乳の学術連合は、医学、薬学、農学など多様な分野の研究者が集まっていますから、連携や共同研究が今後さらに広がることを期待しています。

牛乳乳製品というテーマに関しては、これからの超高齢化社会を考えた時、認知症との関連性はしっかり研究していくべきだと考えます。九州大学による久山町研究のような疫学研究において牛乳乳製品の摂取が認知症予防につながる結果が出ていますから、動物実験などでペプチドがどう関わっているかを検証することが大切だと思います。

研究成果を牛乳乳製品の価値に反映させていく

—— 研究成果を社会に還元していく上では、どのようなアプローチが考えられますか。

大日向:近年、科学の世界はボーダーレス化が進んでいます。医薬品と食品のボーダーもなくなってきて、医薬品の研究者が食品に興味を持つケースも増えています。両者がうまく融合していくことも必要だと思っています。

例えば魚油に含まれるω-3脂肪酸は、高純度で生成した医薬品もあれば、サプリメントや健康食品もつくられています。また、魚を食べることでもこうした成分を少しは摂取できるので、健康のために魚を食べようというキャンペーンも行われています。私はこれでいいと思うのです。きちんとしたデザインのヒト臨床試験を行うのは大前提ですが、牛乳から医薬品や健康食品がつくられてもいいし、牛乳を飲んで薬効成分が摂れることを、牛乳の消費拡大に利用してもいいと思います。

食品は多様な成分を含む複雑系で、古くから医食同源という言葉があるように、もともとがボーダーレスな研究領域です。そのボーダーレスさを強みにするという点では、成分を抜き出した単純系でメカニズムを明らかにしたうえで、その研究成果を牛乳という食品の価値に反映させていくというアプローチも考えられます。私も医と食の“両にらみ”の研究で、牛乳乳製品を含むさまざまな食品の可能性を深掘りしていきたいと思っています。

—— 牛乳乳製品の価値を科学的に評価するという点で、多くの示唆をいただきました。本日はありがとうございました。

大日向 耕作 氏

京都大学大学院 農学研究科 准教授
農学博士(京都大学)。東北大学大学院農学研究科助手、京都大学大学院農学研究科講師を経て、2007年より現職。牛乳タンパク質だけでなく、大豆や緑葉タンパク質からつくられるペプチドが、多彩な生理作用(ストレス緩和作用、意欲向上作用、食欲調節作用、学習促進作用、血圧降下作用、血糖低下作用)を示すことを発見している。