食育活動でつながる思い

j-milkリポートvol-30より

j-milkリポートvol-30 特集

酪農乳業関係者が各地域で取り組んでいる食育活動。
「気づき」というキーワードでつながった、生産者、乳業者、インフルエンサーの活動と、酪農教育ファームの事業を紹介します。

生産者:Happy Land 安達牧場 代表 安達永補 さん

Dairy Farmer -酪農家- (北海道・標津町)

「3つの笑顔(生産者、消費者、地域)の獲得」を目標に、ありのままの牧場を見てもらう。

就農当時から変わらない「つくる人から飲む人まで互いに思いやりを持つことで笑顔になれる」という信念のもと、東京や大阪など都会の高校生をはじめ、大学生や現職の学校教諭、社会人の実習体験を受け入れている酪農家・安達永補さんに話を伺いました。
  • 就農して18年目。25歳で経営者となった3代目の永補さん。120頭(経産牛60頭、育成牛60頭)の牛を管理する。
「酪農」だけでなく「食農」も伝えていきたい

標津町農協を事務局に「標津町グリーンツーリズムフレンズ」を地元酪農家20名程で12年前に立ち上げ、修学旅行生の受け入れを始めました。一度に受け入れる生徒は2 ~5 名程度で、現在までにのべ100 名を超えています。

安達牧場では特別なプログラムを用意せず、家族と同じように布団の上げ下げから始まり、1 日2 回の搾乳作業をはじめ、牛舎での仕事を汗だくになりながら一緒に行います。また作業後は、家族とともに食卓を囲み、同じお風呂に入る。共に生活をすることで高校生にとっても、私たちにとってもさまざまな「気づき」を得ることができます。

酪農に限らず、食を生み出す農業・農村の大切さ、そこに携わる農家への感謝の気持ち、そして自然や生き物との命のつながりの中で生かされていることに自ら気づくことが大切だと思っています。そこから農村地域と社会とのつながりを学ぶ「食農」を伝えていきたいと思っています。

被災して感じた思い - 持続可能な酪農乳業のために -

北海道胆振東部地震では、大規模停電を初めて経験しました。「百聞は一見に如かず、百見は一体験に如かず」とよく言いますが、被災して牛舎作業の復旧に試行錯誤している中、生産者のみならず、ローリーの運転手、農協の職員、乳業メーカーなど多くの関係者がつながり、最後には消費者へ牛乳乳製品が届いているということに、改めて深く感謝したいと思いました。

持続可能な酪農乳業を続けていくために、国際的な観点から見ても、業界が一体となって、手を取り合うことが改めて必要なのではないかと考えています。

安達牧場の酪農実習風景 写真提供:Happy Land 安達牧場
  • 「ありのままの酪農体験をしてほしいので、搾乳のみの体験はさせない」という安達さん。
  • フリーストール牛舎の掃除。スコップの持ち方、腰の入れ方から学ぶ。
  • 安達牧場の温かさが伝わるワンショット。実習を終えて帰るとき、涙を流す学生もいる。

乳業者:一般社団法人日本乳業協会 東京相談室 主任相談員 加藤明子 さん

 Dairy Association -業界団体-

一般社団法人日本乳業協会が小・中・高校などを対象に行っている食育出前授業は、関東・関西地区を合わせると年間180回にもなります。
その最前線で活動する加藤明子さんに話を伺いました。
  • 子どもたちと会話のキャッチボールをしながら、やさしく語りかける加藤さん。
骨づくりの大切な時期を逃さないように

もともとは大人向けの料理講習会や牛乳工場見学会などを中心に行っていましたが、食育という言葉ができた頃から出前授業などで学校に行くことが多くなりました。

女性は、骨密度(骨量)を維持する働きのあるホルモン(エストロゲン)が、加齢や閉経に伴い、分泌される量が少なくなるため骨粗鬆症のリスクがとても高くなります。一番の予防は、小学校4年生から中学1年生までの間に、きちんと骨にカルシウムの貯金をしておくことです。

予防のためにと言っても、未来の長い子どもたちには響かないので、出前授業では、骨折をしないように、身長を伸ばすためにと言っています。でも心の中では、『将来に備えて、頑張って骨づくりをしてね』という思いがあります。

気づいてほしいという思いを胸に

授業の中では、「気づき」がなければいけないと思っているので、授業では子どもたちに質問を多く投げかけます。食育は、こちら側から一方的に言っても何も身に付きません。牛乳が、おいしくて、楽しくて、自分にとって大切な飲みものだと気づくことが大事であり、気づいてほしいと思いながら授業を進めています。

「牛乳は栄養があって太るから」と制限されたり、飲みたくても冷蔵庫にない家庭もあります。給食で飲むだけでなく、家での飲用習慣を作るため、先生や保護者の理解を深めていただくことも重要な活動のひとつです。

私たちの活動は、首都圏と近畿で6人体制です。こうした授業を通して子どもたちが「とてもおいしかったので家でも作りたい」と言ってくれることが励みになっています。

※加藤明子さんご執筆の食育小説はこちらからご覧いただけます。
 元気くん一家のミラクル ミルク ライフ 連載一覧

出前授業 「小学生・中学生向け“わくわくどきどきミルク教室”」

  • 牛乳乳製品の効能に限らず、実物大の牛のタペストリーを活用して、酪農や乳牛についても学んでもらう。
  • グループに分かれて調理実習。子どもたちと会話をしながら教えていく。

日本乳業協会の食育活動

インフルエンサー:北海道コンサドーレ札幌 選手寮「しまふく寮」 調理師・アスリートフードマイスター 松浦沙耶花 さん

Milk Inf luencer -ミルクインフルエンサー-(北海道・札幌市)

ランチ時は、練習を終えたトップチームの選手20 - 25名が足を運び、独身選手などは3食「しまふく寮」で食事を摂ることもあります。
プロサッカー選手の食を管理するアスリートフードマイスター※の松浦沙耶花さんに話を伺いました。
  • 牛乳乳製品を使った料理は、選手たちも大好きですと話す松浦さん
※アスリートフードマイスターとは、アスリートのパフォーマンスを最大化するために、年齢別、競技別、タイミング別に、最適な食プログラムを提供。「いつ」、「何を」、「どのように」食べたらよいかをわかりやすく伝えることで選手をサポートする。

選手へ伝える「しまふく寮」で3食食べることの大切さ

「料理が好きな人」を探していると耳にしたことがきっかけで働くことになりました。当時は調理師免許も持っていませんでしたが、選手たちの食を管理する立場になり、調理師免許取得と同時にアスリートフードマイスター※の資格を取得しました。

選手の身体はとても繊細です。毎日の食事摂取が、早ければ1週間後の体調や今後の選手生命にまで影響する可能性もあります。栄養士から指導を受けた内容を選手たちからよく聞き出すようにして、家族のような気持ちで選手たちを見守っています。コミュニケーションの中で生まれた選手たちとの信頼関係を礎に、しまふく寮で3食きちんと食べることの意味を、しっかり伝えていくことを心がけています。
  • 栄養バランスがしっかりと管理された食事の提供
 震災を通して、食の大切さやありがたさを再認識

今回の北海道胆振東部地震では、震災の翌日から停電となりました。寮にはいつもと変わらずお腹を空かせた選手たちがやってきます。前日の仕込みを活用し、初日は乗り切りましたが、次の日からはガスを使って冷蔵庫にある食材、冷凍していたチーズなどで3 日間分の食事を確保しました。

ユースの選手にも買い物を手伝ってもらい、今まで当たり前にあった牛乳やヨーグルト、その他の食材が「当たり前ではない」「ありがたい」という大事なことに「気づく」という学びがあった経験だったと感じています。 

プロ選手に聞く!しまふく寮への思い
菅 大輝 選手(現・しまふく寮生)
牛乳は小さい頃から大好きです。しまふく寮での昼・夕食時以外には、お風呂上りに必ず牛乳を飲んでいます。毎日、おいしい食事をいただけていることに本当に感謝しています。

進藤 亮佑 選手(元・しまふく寮長)
寮を卒業してからも、こうして変わらずしまふく寮へ足を運んでいるという事実が、言葉ではなく、しまふく寮への愛情を表しているのではないでしょうか。
  • (左から) 濱大耀選手、菅大輝選手、進藤亮佑選手

酪農教育ファーム

設立20周年でシンポジウムを開催

組織的な活動がはじまって20 年の節目

教育現場で「学級崩壊」が社会問題となっていた1990年代後半、酪農生産現場では、市場原理主義の導入などの厳しい経済環境の変化にさらされており、牛乳乳製品の価値や酪農生産現場に対する理解醸成が急務とされていました。

このような時代背景の中、中央酪農会議の提唱により組織的な活動が始まった「酪農教育ファーム」は、今年で20年目を迎え、記念のシンポジウムが9月22日に開催されました。

酪農教育ファームを未来につなぐ

日本酪農教育ファーム研究会会長の國分重隆氏は、「酪農教育ファームの20年間は、まさにフロントランナーとしての苦闘の歴史でした。その中で酪農と教育が結びつき、体験のノウハウが蓄えられたことにより内容が充実し、世界的に誇れる活動になりました。

今後は中央酪農会議を要に、酪農家、指定団体、教育関係者に加え、乳業メーカーや消費者の代表、行政担当者、メディア関係者などを新しい仲間として巻き込み、後継者に引き継いでいくことが重要です」と総括しました。
酪農教育ファームとは、牧場での酪農体験や学校での出前授業などを通じて、子どもたちの「食やしごと、いのちの学び」を支援する活動です。『酪農教育ファーム』として認証されている牧場は、全国に287 牧場あります。(平成30 年3月末時点)
現在、酪農教育ファーム事業全体をコーディネートするとともに、冊子「感動通信」や各種教材の企画・制作をはじめ、研修会や研究会の企画運営に携わる松原明子さんにその思いを寄稿いただきました。

平成10年7月、酪農家の全国組織である中央酪農会議が提唱し、酪農教育ファーム推進委員会が設立され、今年で20年目を迎えました。私と酪農教育ファームの出会いも、ちょうどその頃に遡ります。日本酪農に生乳生産とは違う方向から光を当て、牧場の持つ非市場的価値の顕在化に奔走されていた伍代正樹さん(故人)に紹介されたのが、その始まりです。

当時、酪農について全くの素人だった私が一番関心を寄せたのが、人間に余すことなく貢献する乳牛の存在でした。「人間が食べない草を食べ人間に有用な乳を出し、糞尿さえも堆肥として人間が食べる野菜などの栽培に使われ、乳が出なくなったらお肉となり皮は革製品となる」。ここまで一方的に人間に与え尽くす乳牛の存在に敬意を払うとともに、酪農が持つ教育的価値の一端に触れた思いがしました。それが確信できたのは、酪農体験で子どもたちに語るある酪農家の言葉からでした。

「酪農家として一番大切なことは、きちんと牛を見ることです。牛は経済動物であるがゆえに、年をとって乳が出なくなると牧場で飼っているわけにはいきません。目の前にいる牛たちも、いずれお別れしなければならない日がやって来ます。だからこそ今できることをできる限りしてあげたいし、そういう牛たちのことを皆さんに伝えたいのです」。

限りある乳牛のいのち。そのいのちが幸せであるのも不幸せであるのも、飼い主である酪農家が「どういう気持ちで育てているのか」、まさにあり方にかかっています。そして「あり方」の方向は、まず他者(牛)に向かいそれが自分に巡って来るという相関存在により成立しています。酪農教育ファームの教育的効果の一つに、「他者意識」があげられます。私が出会った多くの酪農家はまず「牛を見る」ことを基本とし、共に暮らす乳牛にいつも「ありがとう」の気持ちで接しています。これこそがまさに酪農教育ファームの学びの本質であり、その心を未来に引き継いでいくことが役目であると思っています。
  • 松原 明子 氏 酪農教育ファームアドバイザー 有限会社オフィスラ・ポート代表