一方で、「○○は体に良い」、「○○を食べると病気が治る」などの情報も発信されており、こうした情報の真偽を検証するようなメディアリテラシーや自ら科学的に判断するための科学リテラシーの向上が求められています。
根拠不明の食の有害情報で、繰り返しターゲットとされるものの一つが「牛乳」です。そこで、科学リテラシーがご専門の山本輝太郎先生(明治大学)に、「牛乳有害説」を事例としてあげていただきながら、食の疑似科学について解説、話題提供を行っていただきました。
本会は玉石混交な情報を判断し、科学的根拠に基づいた健康情報の発信のあり方について考える機会として、食生活ジャーナリストの会との共催で開催しました。
講演の内容および参加者からの意見や質問とそれらへの回答を抜粋してお届けいたします。
科学と疑似科学に境界線は引けない
「科学」を辞書で引くとこのように書かれています。
一定の目的・方法のもとに種々の事象を研究する認識活動。また、その成果としての体系的知識。研究対象または研究方法のうえで、自然科学・社会科学・人文科学などに分類される。 (小学館『デジタル大辞泉』)
すなわち、科学の前提にあるのは方法論です。科学的方法論によって導かれた成果が私たちの生活を豊かにするのは確かでしょう。では疑似科学とはなんでしょうか。信州大学の菊池聡氏らは次のように定義しています。
科学的な外観を備えているにもかかわらず実際には科学としての要件を満たしていないために誤った結論に至った研究やそれにもとづく主張。
科学と疑似科学の区別については、哲学の分野でも長年興味や議論の対象でしたが、画一的な境界線を引くことは不可能です。これは、「薄毛」の概念に髪の毛の本数による線引きができないのと同じです。しかし、必要条件や十分条件を与えるような線は引けなくても、なにが科学でなにが疑似科学かについての有意義な議論がこの数年で可能になってきました。
私たちのプラグマティックなアプローチをご紹介します。
4つの観点の10条件による科学性判定の取り組み
4つの観点は、①理論の観点、②データの観点、③理論とデータの関係性の観点、④社会的観点です。それぞれの観点の横に書き添えてあるのが10条件です。これは必要条件や十分条件ではなく、あくまで考えるための枠組みととらえてください。これまでの牛乳有害説をこの4観点10条件にあてはめてみたところ、理論の観点もデータの観点も全体的に科学性が認められず、「牛乳は有害であると言うことは疑似科学だ」と評定できます。
この枠組みによって、専門家でなくても、科学性の判断ができます。ではどのように見たらよいかですが、今回はデータの観点から解説します。
牛乳有害説は根拠の信用度で疑似科学の見極めを
昨今は完全なウソのデータというのは稀で、なんらかの科学的な根拠が添えられていることがほとんどです。そのため、どのような根拠の信用度が高いかを知ること、すなわち科学的根拠の強弱を読みとくことが重要です。
「牛乳」を事例に見ていきましょう。「牛乳を飲むことはヒトにとって有害だ」とするいわゆる牛乳有害説を聞いたことがあるかどうかを2020年に調査しました。その結果、37%もの人が「ある」と答えました。どこで見聞きしたかについては、インターネットが半分以上を占めましたが、本や雑誌、テレビも少なくない状況でした。すなわち、牛乳有害説という疑似科学は放っておいてよいという状況ではなさそうだということがわかります。
さらに、別のサンプルでの調査になりますが、牛乳有害説に関連するクイズを出し、その不正解率を調べてどんな誤解がどのくらい広がっているかを調べました(スライド2)。
私たちの運営するGijika.comでも、これらの誤解された情報が真実であるとするコメントが多数寄せられています。中には、「ハーバード大学の栄養情報のサイトにも書かれている」などと記してくる人もいて、なんらかの装備がないとこういった主張には太刀打ちできないと思われます。そのための装備が、研究デザインに基づく「エビデンスの信用度判定」です。
研究デザインに基づく「エビデンスの信用度判定」
エビデンスレベルⅥ
データに基づかない専門家個人や専門委員会の意見。ハーバード大学でこういった見解を出しているとかいう類の記述です。
エビデンスレベルⅤ
症例報告などの記述研究。特定の患者の症状や病態を記述的に報告する研究です。牛乳が乳がんの原因だという言説を流布した、ジェイン・プラントによる『乳がんと牛乳』の記述もこれにあたり、「一切の牛乳・乳製品をただちに止めることにした…中略…私の転移乳がんが完全に治癒に向かっていることを示すものであった」などと記されています。この種の研究デザインは「まれな事例」を検討できる利点がありますが、一方で状況による依存性が強く、一般性が低いデータととらえられます。
エビデンスレベルⅣ
症例対照研究やコホート研究などの分析疫学研究。大量のサンプル集団に対して、研究で「明らかにしたい要因」を条件として設定し、未来あるいは過去にわたってその要因がどのような影響を及ぼしているかを調べる方法です。
症例対照研究は、ある時点で特定の病気にかかっている人と、年齢・性別などの条件が同じで病気にかかっていない人を比較し、その病気と関連する疑いのある要因を過去に遡って調査する方法です。コホート研究は、ある時点で研究対象とする病気にかかっていない人を集め、将来にわたって長期間観察し追跡を続けることで、ある要因の有無が、病気の発生または予防に関係しているかを調査する研究手法です。
これらの研究デザインは、介入が困難な場合に有用ですが、明確な因果関係の推定には不向きです。因果関係と相関関係は異なるからです。牛乳有害説の場合には、症例対照研究のデータに基づいた言説の流布がなされることがあります。たとえば1986年の研究を基に、乳製品摂取量とでん部骨折率を示したグラフがあります(スライド4)。一見、もっともらしい相関関係を示したこのグラフを見せられて、乳製品の摂取量が多いほど骨粗しょう症になりやすいと言われたら納得してしまいがちです。
エビデンスレベルⅢ〜Ⅱ
介入研究。Ⅲは非ランダム化比較試験(非RCT)、Ⅱはランダム化比較試験(RCT)です。いずれも対象となるものの効果を調べる際に介入を行う「実験群」と行わない「対照群」を比較する方法です。どちらの群に入るかを無作為に決めるのがランダム化、そうではないのが非ランダム化です。ランダム化することによってあらかじめ統制できない条件を統計的に相殺するので、被験者個別の背景に左右されない普遍的な効果測定が可能です。
このような介入研究(特にRCT)では、強い因果関係が推定できます。ただし、研究の対象になった人たちになんらかの偏りがあるなどの標本抽出の問題は、レベルⅣまでと同様に残ります。
なお、牛乳有害説の根拠として介入研究によるデータをとり上げる言説は、私のこれまでの確認では存在しません。
エビデンスレベルⅠ
(RCTに基づく)メタ分析。これまでに実施されたRCTによる研究を多数集めて統計的に分析した研究、すなわちまとめ研究と言い換えられます。多くの人に適用可能な普遍的な知見、すなわち一般性の高い結論を提供できます(標本抽出の問題を克服)。
なお、牛乳の摂取量と乳がん、牛乳の摂取量と骨折に関するメタ分析もありますが、いずれも牛乳の摂取によってリスク増加はないという結果でした。
しかし、メタ分析なら信用できるというわけでもありません。質に問題のあるメタ分析もあります。たとえば、RCTではない研究のメタ分析は、質が落ちます。偏った研究を多く扱って統合し、結論を導き出すようなものも存在します。メタ分析も横断的なレビューが必要です。
実際に牛乳で前立腺がんのリスクが増加するという結果のメタ分析を横断的にレビューしてみると、すべてコホート研究と症例研究に基づいており、牛乳固有の害ではなく、カルシウム摂取による影響であることが読みとれました。パーキンソン病のリスクが増加するという結果のメタ分析のレビューでは、一貫性に乏しく、作用機序が不明ということがわかりました。一方で、大腸がんや糖尿病、高血圧についてのメタ分析ではリスクを減少させるという結果が明確に出ており、リスクよりもベネフィットがはるかに大きいことが読みとれます。
以上をまとめると、牛乳有害説を支持するデータは根拠が「弱い」といえます。
「有害であるとする論文(研究)がある」という事実と、「有害である」という事実では意味が異なり、両者を区別することは可能である(区別するのが大事)ということもおわかりいただきたく思います。科学的根拠は査読付き論文等の「有無」も大事です。しかし、科学的根拠の強弱で情報の信用度を判定していくことが必要です。
心の偏りに注意「先入観」は評価を変える
科学リテラシーの向上というときにもう一つ忘れてはならないのが、「ヒトの心」による影響です。まず、先入観が評価に影響を与えます。
その事例として、ゲノム編集に対するイメージを調べた私の研究をご紹介します。ゲノム編集について教育をするとき、遺伝子組換え(GM)に対して持っている先入観が、ゲノム編集の学習に影響するのかどうかをRCTで調べたところ、影響することがわかりました。
また、「遺伝子組換え(GM)と同じ」と印象づける教材と、「遺伝子組換え(GM)と異なる」と印象づける教材を用意し(スライド5)、ゲノム編集のリスクとベネフィットについて学習してもらったところ、遺伝子組換えに否定的なイメージを持っている人は、遺伝子組換えと異なる技術であることを示した教材を使った場合にのみ、学習効果が見られました。遺伝子組換えにもともと否定的な人は、ベネフィットを勉強させてもそもそも頭に入らず、「遺伝子組換えと異なる」と教示した場合にのみ、頭に入るということになります。
このように、対象そのものだけでなく、類似する概念への先入観もその対象への評価に影響します。ヒトの心の影響は侮れず、単に科学的に正確な情報を丁寧に提供すれば問題が解決する、といったものではなさそうだと考えます。
人はニセ情報に引っかかりやすい
これを補強する例として、架空のサプリメント広告の異なる「打ち消し表示」の入れ方について実験を行いました。いわゆる健康食品広告では、「愛用者の感想」などの強調表示がなされることがしばしばですが、一方で、それを打ち消すような表示(たとえば「個人の感想です」など)は消費者にほとんど認識されていないとの先行研究の知見があります。そこで、「効果には個人差があります」という1文が入った広告Aと、カクテルパーティー現象(後述)を狙った「あなたには効かない可能性があります」の1文が入った広告Bを見せ、「一般の人に対してどのくらい効きそうか」という質問と、「あなたに対してどのくらい効きそうか」という質問をしました。すると、いずれもAのほうが効きそう(打ち消し表示が響かず、サプリメントに対する評価が高い)という結果になりました。
Bで狙ったカクテルパーティー現象とは、周囲の情報から自分に必要な事柄だけを選択して聞き取ったり、見たりする脳の働きを指します(たとえば、にぎやかなところでも自分に関係のある話題は自然に聞きとれるような現象です)。Bの広告の打ち消し表示の1文は、「あなた」という言葉を入れることによって、広告に載っている多くの情報の中から、「効かない」可能性を「自分ごととして」受けとれるようにしています。ちょっとした表現の違いに見ええるかもしれませんが、そうした違いの影響は小さくないということです。牛乳有害説に紐づけると、たとえば電車の中吊り広告などで「○○にとって牛乳は危険だ!」との見出しを見た場合、そうした広告を自分のこととして受け取ってしまう可能性は大いにあると思われます。
また、そもそも人間はウソを見抜くのが苦手だということがこれまでの研究からも明らかになっています。「真実バイアス」という言葉もありますが、「ホント発言」と「ウソ発言」を識別する実験で、ホントとウソが五分五分に混ぜてあっても8割をホントだと判断するというメタ分析の知見もあります。その理由として、狩猟採集時代に人を信じた方が生き延びやすかったからなどとも説明されており、人の判断のベースにあるのは感情であるということがうかがえます。
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科学と社会の問題が報道されるとき、メディアはよく、賛成派科学者と反対派科学者の言い分をそれぞれ載せます。そうすると、科学者同士で意見が割れていて拮抗しているかのように錯覚されがちです。実際にはほとんど決着がついていたり、科学的な知見とはいえない(科学的根拠に基づいていない)説が過大にとりあげられたりすることもあります。
研究者も千差万別であり、ときに根拠が不十分な主張がなされることもあります。本日ご紹介した4観点10条件に基づき科学的根拠の強弱を推し量りつつ、心の偏りにも注意することで、一般の方も疑似科学的情報をある程度区別可能になると考えています。