【2024年度 全国栄養士大会】
金沢星稜大学 総合情報センター 准教授、明治大学 科学リテラシー研究所 客員研究員
山本輝太郎
栄養指導におけるコミュニケーションの中で、「〇〇は体に悪いらしい」など、根拠のない食や健康情報に出会ったことはありませんか? 最近ではSNSや動画サイトなどを通じ生活者を混乱させる情報が流布されており、適切に対応するには「科学リテラシー」の向上が重要です。科学を装いつつ実は科学的根拠に乏しい主張や言説を「疑似科学」といいます。これら科学的に問題のある主張や情報について、「牛乳有害説」を事例にしながら、見抜き方のヒントを解説します。
根拠のない食情報があふれる現代社会
求められる科学リテラシー
科学のように見えて実は科学的根拠に乏しい主張や商品、情報などを総称して「疑似科学」といいます。私たちの研究グループでは、科学と疑似科学を判定するための4観点を考案し、活用しています。まずはその一つ「データの観点」から、ポイントを2つ紹介します。
疑似科学を見抜くためのポイント1:
科学的根拠の「強弱」を考える
研究デザインとエビデンスピラミッド
食情報に限らず科学に関する情報に対して、よく「科学的根拠(エビデンス)がある/ない」などと使われます。しかし、科学的根拠で重要なのは、「有無」ではなく実は「強弱」です。特に現代的な疑似科学においては、エビデンスが全くないような事例はほとんどありません。したがって、そうした事例に遭遇したとき、エビデンスがあるという言葉に惑わされることなく、主張の根拠とされているデータについて「このエビデンスは強いので信用できる」「このエビデンスは弱いので信憑性に乏しい」というように確かな情報を選択できることは非常に重要です。科学的根拠の強弱は、「エビデンスピラミッド(エビデンスレベル)」という考え方が参考になります (図2)。これは、ヒトを対象とした科学的データの信用度を、研究デザインに基づいて段階的に表したものです。上にいくほど試験の条件の管理が重要になり、バイアス(人間の心の偏りや認知のひずみ)を排除した客観的なデータが得られる研究デザインとして、「信用度が高い」と評価されます。データをどういう研究で得たか、つまり、研究デザインが科学的根拠の強弱のポイントです。信用度の低い順に説明しましょう。
メディアなどでは専門家が解説者などとして重宝されていたりしますが、エビデンスピラミッドでは最も信用度が低くなります。その理由は、専門家も人間であり、確証バイアス(自身の主張や信念に沿うような情報に選択的に注意が向いてしまう)などの認知的な錯覚に陥る可能性がいつでも簡単に起こりうるからです。ところが、白衣効果といって、人は白衣を着た人(=専門家らしく見える人)の意見を正しいと思ってしまう傾向があります。牛乳有害説の事例でも、大学の教授や医師などがその著書の中で「牛乳が体に悪い」などと主張すると、肩書きに流されて信じてしまいがちですので、注意が必要です。
●個別の事例報告
まれな事例として報告される個別事例が一般化して主張されることが非常に多く見られます。例えば、「低脂肪牛乳を大量に飲み乳製品もたくさん食べていたら乳がんになった。しかし、摂取をやめたら治った」と主張する書籍があります1)。こうした体験談的エピソードは共感されやすく、語り手と自分を同一視して自分にも同じ効果が得られるような希望を抱かせます。それゆえ科学的には疑問でも、支持されやすいのです。
栄養指導の場面でも、こうしたエピソードをもとに相談を受けることがあるかと思います。その際には「そんなこともあるかもしれないね」くらいに軽く受け止めるスタンスで、一般化するには問題のあるデータだということを念頭にコミュニケーションをとっていただくのがよいでしょう。
因果関係を突き止めるのは簡単ではない
科学の重要なミッションの一つは因果関係の究明ですが、さまざまな要因がある中で、〇〇が原因で△△の結果になるという因果関係を突き止めることは簡単ではありません。例えば、2つの要素がお互い関係し合う相関関係にあっても、因果関係にはない場合もあります。隠れた要因によって相関関係を因果関係と錯覚してしまうことを疑似相関といい、「何かをやった→効果があった」というデータだけでは、真の因果関係はわからないのです。
疑似相関の例として、かつてカルシウム・パラドックスと呼ばれ非常に有名になったグラフがあります (図3)。グラフからは、カルシウム摂取量、具体的には乳製品摂取量が多い国ほど骨折発生率が高いように読み取れることから、「牛乳を飲むとむしろ骨折が増える」という主張の根拠とされました。しかし、実際には隠れた他の要因、つまり各国の肥満率や平均寿命、日照率による骨密度などによる影響が考慮されておらず、このグラフだけで乳製品摂取量と骨折率の間に因果関係があるとはいえません。
信用度の高い研究デザインとは
では、どうすれば因果関係がわかるのでしょうか。重要なのが、「条件を揃えて」「比較する」ことです。条件を揃えた比較対象を設けて、それぞれで効果のあり/なしを比べます。どういう対象が、どの程度摂取すれば、どのくらい効果や害があるかを明らかにすることが大切なのです。その意味でこれから説明するコホート研究とランダム化比較試験は、因果関係を突き止めるための重要な研究デザインとされています。●コホート研究
コホート研究はランダム化比較試験などの介入実験ができない場合に有効な方法で、ある要因の有無が条件になるよう被験者を集め、将来に向かって追跡する観察研究です。条件を揃えて長期間追跡することで、因果関係の推定が可能になります。
●ランダム化比較試験(RCT)
介入を行う「実験群」と行わない「対照群」に被験者をランダム(無作為)に配置し比較することで、介入と結果の因果関係を立証しようとする実験の方法です (図4) 。人間は十人十色ですから、両群を全く均一に揃えることは実質的に不可能です。そこでランダムに振り分けることによって、バイアスを最小限に抑え、見えない要因を統計的に相殺します。また、プラセボ効果(思い込みによる体調への影響)を取り除くために、被験者が自分がどちらの群に入ったかわからないようにする盲検化も行われます。こうした緻密な研究デザインを用いて得られたデータは因果関係を強く推定できることから、高い信用度があります。
エビデンスピラミッドの頂点に立つメタ分析は、これまで実施された研究データを多数集めて統計的に分析する、いわばまとめ研究です。個々の研究の枠を超え、より普遍的な、一般性の高い結論を提供します。
先述の2つの牛乳有害説「牛乳を飲むと乳がんになる」「牛乳を飲むと骨折しやすくなる」に答えを提示するメタ分析があります。牛乳摂取と乳がんの関連については、統計的に有意なリスク増加は見られない、すなわち「牛乳で乳がんになる」は支持されないという結果になりました3)。牛乳摂取と骨折の関連も同様で、牛乳と骨折の間にリスク増加は認められませんでした (図6)4)。
例えば、図6の赤いアンダーラインで示した部分がまさにそうで、全体の結果は「牛乳摂取で骨折リスクの増加なし」であっても、この研究のみ「増加あり」という結果になっています。こうした例外的なデータを都合よく取り上げて「牛乳を飲むと骨折しやすくなるという研究がある」などと主張を展開します。こうした言説に出会ったときは、全体の結果はどうだったかを確認することが大切です。
疑似科学を見抜くためのポイント2:
心のしくみに注意する
理性的判断に影響を与える認知バイアス
認知科学や行動科学などの分野において、人間の心のしくみを説明する理論として近年注目されているのが「二重過程理論」です (図7)。この理論では、人の意思決定や思考に関するプロセスを「システム1」と「システム2」の2つに分けて考えます。システム1は直感型のプロセスで、定型的で素早く判断する、感情的に考えるなどの特徴を持ちます。一方、システム2は熟慮型のプロセスであり、熟考的でゆっくり判断する、論理的に考えるという特徴があります。現代社会においては、意思決定に影響を与えるような、直感や感情に訴えかける情報が非常に増えています。立ち止まって理性的に考えるためにも、人間の心のしくみについて知っておく必要があります。食や健康情報に関連して起こりやすい認知バイアスや心理的な傾向をご紹介します。
●フレーミング効果
同じ内容の質問でも聞き方によって回答の傾向が全く変わったり、同じ対象に関することでも表現の違い(例えば「化学調味料」と「うま味調味料」)で受け取られ方が全く変わったりすることをいいます。特にネガティブな表現に対して人はリスクや損失を回避する心が働くため、いったんネガティブな印象を抱くと、なかなかくつがえしにくくなります。栄養指導においても、相手にネガティブなイメージを抱かせない表現を心がけるとよいでしょう。
●アンカリング効果
最初に提示された数値や情報が、その後の意思決定に強い影響を与える現象のことをいいます。
●真実バイアス
そもそも人は、実際の真偽にかかわらず、他者の発言を真実だと受け止めやすい傾向を持っています。ホントとウソを識別する研究でも、ほとんど偶然レベルでしかウソを見抜けないことが明らかになっています5)。
●バンドワゴン効果
行列店を見て自分も並びたくなった経験はないでしょうか。多くの人が支持している物事は「正しい」「優れている」ようなイメージを生み出し、さらに支持が集まる現象をいいます。
心の働きが利用されている
以上のような心のしくみは、食や栄養・健康、美容に関する広告などでもよく利用されています。そこで私は2つの架空のダイエットサプリメント広告を作成し、両者で受ける印象に違いがあるか実験しました。2つの広告の違いは打ち消し表示で、直感に訴えかけるフレーズや体験談のそばに、1つ目は「個人の感想です。効果には個人差があります」、2つ目は「個人の感想です。あなたには効かない可能性があります」と入れました。その結果が 図8です。グラフからは、「効果には個人差があります」よりも「あなたには効かない可能性があります」のほうが、広告から受ける魅力度は低減することがわかりました。人には、選択的注意(認知バイアスの一つ)といって、周囲の情報から自分に必要なものだけを選択的に見聞きする脳の働きがあります。「あなた」という言葉が選択的注意を引き出し、効かない可能性を自分のこととして受け取ったためと考えられます。ただし、それでも「低減」した程度ですので、広告の体験談から受ける印象や魅力度は相当強いのだといえるでしょう。
科学と疑似科学の線引きは難しい
グレーゾーン情報の見きわめを
科学と疑似科学の線引きについては、科学哲学分野で長年議論が重ねられてきました。その結果、現在では明確な一つの基準で分けることは不可能との結論に至っています。これは、砂山について何粒以上が砂山であり、何粒未満は砂山ではないなどと定義できないのと同じです。
科学と社会は切り離せない関係にあり、科学の基準を狭く厳密に設定してしまうと、先駆的な知見や将来有望な研究分野が受け入れられにくくなります。反対に広く設定すると、疑似科学に属するいかがわしい情報や商品がはびこるおそれがあります。しかし線引きができない以上、科学と疑似科学の間には膨大なグレーゾーンが広がっていると認識しておく必要があるでしょう。だからこそ現代に生きる私たちは、情報を見きわめる手段を身につけることが求められています。
科学の方法論に基づく4観点で
科学性を段階的に判定する
疑似科学を判定するための4観点
科学とは、仮説と検証のサイクルです。ある理論に基づいて仮説を設定し、データを収集し、データによって仮説が検証されることで理論が正しいと認められ、一般化していく。この繰り返しによって人間社会は発展してきました。私たちの研究グループでは、科学と疑似科学に明確な線引きができなくても有意義な議論は可能であるという考えのもと、より実用性を重視したアプローチを考案しました。それが、ある対象が科学的かどうかを段階的に判定するための4観点です (図9) 。
●「理論の観点」「理論とデータの観点」のポイント
科学においては「立証責任」といって、何らかの主張を展開したい場合、それを立証する責任は提唱する側に生じます。仮説とデータが合致しない場合やデータに沿って理論が後付けされている場合は、科学的とはいえません。疑似科学を見抜くうえでは、これらの点もわかりやすいポイントになります。
●「社会的観点」のポイント
「〇〇学会お墨付き」など学会を過度に権威づける主張には注意が必要です。「査読付きの論文がある」という主張も、査読を経たからといって、そのデータが示す内容が正しい(真である)ことを保証しているわけではないことに留意します。
なお、科学の成果が社会制度に生かされた例として、特定保健用食品(トクホ)や機能性表示食品がありますが、こちらも制度内容の理解が大切です。トクホは最終製品を用いた試験(ランダム化比較試験)や国の審査が必要です。一方、機能性表示食品は、関与成分についての論文の研究レビューを届け出れば、企業の自己責任で、国の審査なしで機能性を表示できます。同じように見える商品でも、科学的な信用度に差があるということを知っておきましょう。
正しさ「らしさ」を考える
科学と疑似科学の判別において、正しさ「らしさ」を考えることはとても重要です。「〇〇を食べたら危険」という主張があって論文が出ている、データがあるといった場合でも、「食べると害があることを示す論文がある事実」と「実際に害があるかどうか」は全く事実の次元が違います。まずは直感や印象で決めず立ち止まって考えること。そして科学的根拠の強弱を確かめ、後付けの理論になっていないか、社会制度との兼ね合いなどを総合しながら、科学的な正しさ「らしさ」を段階的に考えることを実践しましょう。
それが体系的な科学リテラシーの向上につながります。
1) ジェイン・プラント. 径書房. 2008.
2) Harvey-Berino J et al. Obes Res. 2005;13(10):1720-1726.
3) Wu J et al. Nutrients. 2016;8(11):730.
4) Bian S et al. BMC Public Health. 2018;18(1):165.
5) Bond CF Jr, DePaulo BM. Pers Soc Psychol Rev.2006;10(3):214-234.
金沢星稜大学 総合情報センター 准教授
明治大学 科学リテラシー研究所 客員研究員
岐阜県生まれ。明治大学情報コミュニケーション研究科修了 博士(情報コミュニケーション学)。明治大学兼任講師などを経て現職。専門は科学リテラシーで、メタ分析やクラウドソーシングなどの実証研究に強みをもつ。著書に『科学がつきとめた疑似科学』がある。