プロジェクトのメンバーによる話題提供
「私が考えるミルクの価値」
「牛が教えてくれたこと」
高田 千鶴氏(牛写真家)
小学生の時、大阪府内で唯一動物を飼っている大阪府立農芸高等学校の近くに引っ越す。道すがら敷地の向こうに見える牛たちの姿とまなざしに魅了され、高校は同校の資源動物科に入学し、大家畜部(牛部)を躊躇なく選択した。2年生になり牛の世話を任されたが、初めて生まれた子牛は雄だった。そのため高校で育てず、肥育農家に売られていく現実に、「今」生きている証を残したいと毎日写真を撮り始める。1ヶ月半世話をした後、直面した子牛との別れは30年経った今も涙なくして語ることができない。当時の大きな経験が現在、牛写真家として活動する原点となる。その後も牛への愛おしさと同時に隣り合うお肉を食べるという現実に葛藤し、「最後に自分ができることは何だろう」と自問する中、責任を持って全部食べるということを心に決める。
現在、暮らしている東京都八王子市には磯沼ミルクファーム(磯沼牧場)があり、「カウボーイ・カウガールスクール」※という体験会に月一度参加しながら、一年通して乳牛の世話をしている。私の息子も小学3年生の時に入会し、子牛に「ロロ」と名付けて世話を始めた。あっという間にロロとの距離を近くし、お世話を通してロロの成長を見守った。子どもは牛と触れ合うことで、牛から教えてもらっている。それを実感したのが磯沼牧場から出荷された牛がお肉となって帰ってきて、それを頂く会に息子と参加した時のことだった。息子は最初こそ「かわいそう」という思いが湧き上がったが、すぐに牛の声を代弁するように「僕の命を奪ったんだから、残さないで食べてね」と参加したみんなにもバトンを託し、その命をいただくことの意味を自身で噛みしめていた。
それから世話をしていたロロの出荷が決まった時、息子は送り出す姿に堪えきれず、全身から悲しみを溢れ出しながら肩を揺らして泣いた。雄として生まれてきた子牛を前に、「食べられるために生まれてきたんだね」と呟くこともあった。それでも葛藤しながら息子は、「ごめんだけど、ありがとう」という答えに辿り着く。子牛の命に対する、精一杯の敬意と感謝の言葉だった。
私たちがいただく牛乳の背景には、日々深い愛情で牛たちと向き合い、生と死を繰り返しながら命と向き合う酪農家たちの姿がある。そのことを忘れず、牛のかわいさだけでなく、辛さも含めたもっと深い部分を消費者に伝え、その先に一人一人が考えるきっかけになればいいと思う。その思いとともに、今後も活動を続けていきたい。
※ 現在、新規受付はしていません
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「牧場は第2の教室だ!」
横山 弘美氏(日本酪農教育ファーム研究会事務局長)
小学校の教員生活の中で、酪農への深い興味や酪農が持つ教育への潜在的価値に魅せられる。退職後は、生産者と消費者を繋ぎたいという思いで活動の場を多方面に広げるようになった。
酪農と出会ったきっかけは校区に東京23区内唯一の牧場「小泉牧場」があり、総合的な学習の時間で小泉牧場探検をスタートさせたことによる。子どもたちと数年に渡り、搾乳体験や牛との触れ合い、写生大会、子牛の出産に遭遇する機会などに恵まれ、可能な範囲で様々な体験をさせていただいた。小泉牧場探検のスタートは、子どもたち自身それぞれが興味あることをテーマに決める。牛に興味がある子どもは牛の体や出産。酪農家に興味がある子どもは小泉牧場の歴史や先代の業績。動物が苦手という子どもは機械のことなど。
珍しかったのが、牧場での掃除に興味を持った子どもたちがいたことだった。「糞かきがしたい」と小泉さんにお願いし一緒に糞かきをしたところ、1日6回も糞かきをすることや牛一頭一頭に個性があることなど、いろいろな発見があった。糞の匂いも最後には気にならなくなった。切り口はそれぞれ違っても、調べ学習が進むと結局は牛に辿り着いたことが興味深かった。「牧場ってすごいところ」「酪農家さんかっこいい!」「牛ってかわいい」など、体験前後で明らかに牧場や酪農家、乳牛に対するイメージや感情が変化した。
こんなエピソードもあった。6年生卒業時の文集に小学校生活一番の思い出として、3年生で体験した小泉牧場探検を取り上げた子どもがいた。「自分と同じ誕生日に生まれた子牛は雄牛だった。雄牛だから肉牛となる、そのことにとても驚いた」。シビアな現実を知り、3年間葛藤した結果、卒業文集でようやく理解し、「いただきます」の本当の意味を言葉にすることができた。実感として伝わった児童の言葉は、その後、大人も教わる機会になった。
教員時代、小泉牧場探検のように総合的な学習の時間だけでなく、社会科や家庭科などでも酪農を題材に授業に活用した。それほど汎用性が広かった。
毎日当たり前に飲んでいる牛乳には、まだまだ知らないことがたくさんある。そして知らなかったことを知った時の子どもたちの輝きや喜び、変化、それが「生産者と消費者を繋ぎたい」という思いの種となっていることは確か。その種は現在、日本酪農教育ファーム研究会やわくわくモーモースクールの実施、若手酪農家のネットワーク「ウシノバ」でのファシリテーターなど、新たな活動として芽生えている。
生産者と消費者が顔の見える関係で支え合っていく、そんな酪農の未来を見据えながら活動を続けたい。
「ヨーグルトにおけるミルクの価値訴求の可能性」
向井智香氏(一般社団法人ヨグネット代表理事)
ヨーグルトマニアとして活動する向井氏。きっかけは、2011年に国内の乳業メーカーから販売された日本初のギリシャヨーグルトに出会ったことにある。尊敬の念を抱くほどの美味しさに魅了され、ヨーグルトへの深い関心を抱く。「濃厚でクリーミーなパルテノの食感は、ヨーグルトと言えるのだろうか?」「クリームチーズとの違いは何?」「他にどんなヨーグルトがあるのだろう?」と次々と疑問が湧き、好奇心の赴くままにデパ地下や自治体のアンテナショップに足を運び、ご当地ヨーグルトとも出合う。自らのSNSでもヨーグルトの情報を発信し、同じようにヨーグルトに感動し、喜びを分かち合う仲間と一緒に活動も始める。
食として楽しむだけでなく、情報を発信する立場になって気づいたことがたくさんある。一つは、日本には発酵乳の定義のみで規格がないことを知ったことだった。なぜならコーデックス規格には、使われる菌の種類まで指定した上でヨーグルトの定義があるからだ。これは衝撃的な事実だった。しかし同時に、ヨーグルトには伸び代があることを知る機会にもなった。
もう一つは、消費者に伝える難しさである。ある場面で、「生乳100%ヨーグルト」と言った時、その意味が伝わらなかったこともあった。またそれぞれのヨーグルトが持つ価値やどの乳製品の存在も否定せずに消費者に伝えたいと思ったとき、言葉の選択や情報発信の仕方にも苦労する。
一方、ヨーグルトの訴求ポイントを考えた時、ミルク側の情緒的な価値つまり消費者が得られる喜びや感情的な付加価値の訴求に不十分さが否めない。そこを補完するために、牧場訪問や牛乳工場見学などフィールドワークも開始し、そこでの情報収集や調査を重ね、数々のヨーグルトプロダクトを紐解いて説明する書籍を出版。マスメディアの力も活用する。現在は一般社団法人ヨグネットを設立し、ご当地ヨーグルトの魅力訴求に力を入れる。産地や乳牛の育成方法など現場の話は、消費者の心を捉える。ヨーグルトの背景を知ることで、食感や香りなどの喜び以上のものを感じてくれることを知り、「情報は味覚の一つ」と手応えを感じる。
今後は「日本の乳食文化の意味的変革」で、日本の乳消費を第4フェーズに連れていくという野望を持つ。つまりそれは消費者の支出を、一次産業の持続可能性に対して選択的に購入するという概念である。日本の一次産業に再び意識が集まってきている今、社会性を背景に一次産業の持続可能性を支えていく。そこには商品の機能的価値だけでなく、共感や体感から生まれる情緒的価値が必要であると考える。
「牛乳のイメージをリ・デザインする」
ミルクマイスター®︎高砂氏
物心ついた頃より牛乳が大好きで、牛乳となるとアイディアが止まらない。グラフィックデザイナーとしての知識や技術を土台に、デザインや映像制作など企画のスキルを活かした牛乳の魅力を発信する。
今まで飲んだ牛乳は600種類以上にも及ぶ。牛乳に魅せられたのは、両親が経営していた喫茶店と自宅にある牛乳の味が同じでないことに気づき、飲み比べをするようになったのがきっかけだった。飲み比べると牛乳にも個性があることがわかり、そこから魅力にはまった。自宅の冷蔵庫には牛乳が常備され、「牛乳は3人目の親」と言うくらい高砂氏の人生に寄り添う。その牛乳に「恩返しをしたい!」という思いが、活動の原点にある。
大人になった今も高砂氏にとって牛乳はなくてはならない存在だが、周囲を見ると牛乳を飲んでいる大人があまりいない。「なぜだろう?」「牛乳の消費量が落ちている背景も気になる」。そんな問題意識から、大人にも魅力を広げられないだろうかと真剣に考えるようになる。牛乳は飲むだけでなく乳牛や酪農の魅力、歴史など切り口は多様にある。伸び代しかないと思える高砂氏にとって、誰にどのように届けるかを考え始めると無限の可能性を感じる。
最近では、高砂氏自身も活動の幅を広げるため、酪農家の仕事にフォーカスし、埼玉県の秩父にある吉田牧場、吉田恭寛さんを取材。牛を育てる喜びや大変さ、消費者がなかなか知ることができない酪農家の日頃の活動に触れる。また歴史にもフォーカスし、日本における歴史を知ることで牛乳の昔ながらの側面や価値に出会う。実はそこも、あまり消費者に知られていない領域だと知る。
これからは牛乳好きの仲間と繋がることで、個人からチームへと活動の視野を広げたい。その対策の一つが「ご当地トレカ」。新たな発信のきっかけを作り、仲間を増やすツールとして活用する。
酪農・乳業を応援することは日本の食を応援することにもつながると考える高砂氏は、牛乳好きがたくさんいる100年後の未来を想像する。牛乳は給食の飲み物という従来のイメージに価値を追加し、牛乳について語り合う大人を増やしたい。そして多くの消費者と一緒に、牛乳をリ・デザインしていきたい。