CONTENTS
- 変化する世界のマーケット
「農場から食卓へ」戦略のインパクト 3
- 持続可能な酪農乳業の新しい試み
- 最新 国際組織の活動
- 酪農乳業の国際連携に向けて
2025 年の業界予測を共有 12
DSF: デーリー・サステナビリティ・フレームワーク(DSF)について
持続可能性に向けた各国の酪農乳業の取り組みについて、進捗状況をグローバルに取りまとめ伝える 14
IDF: 特別インタビュー:ジュディス・ブライアンス氏(IDF 前会長)に聞く
共通課題の解決には、連携と協力が必要 16
JIDF: 酪農生産における適正な動物福祉の IDF ガイド 2.0 18
- データに見る世界の酪農乳業
COLUMN:WINNERS DRINK MILK(勝者は牛乳を飲む) 22
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ジュディス・ブライアンス氏(IDF 前会長)に聞く
共通課題の解決には連携と協力が必要
- 「国際Dairyレポート」2020年冬号に要約掲載したインタビュー(p16~17)の完全版です
昨年11月のIDF総会で、ジュディス・ブライアンス氏がIDF会長の任期満了を迎えた。ブライアンス博士は、世界の酪農乳業を巡る課題をどのように捉え、解決に努力してきたのだろうか。今後の展望を含めてお聞きした。
1.2016年からIDF会長として精力的に務められたことに心から感謝いたします。4年間を振り返り、あくまで個人的な意見として可能な範囲でお答え下さい。この間、世界の酪農乳業界の様々な共通課題に取り組まれてきましたが、今後、特に重要な課題を三つ挙げるとすれば何でしょうか?
まず、日本にいる仲間の皆様にこの機会にご挨拶でき、有難く思います。ご協力と友情に感謝いたします。この4年間、多くの課題が出ましたが、一番重要なのは持続可能性です。持続可能性では社会、経済、環境が考えられますが、社会面を取り上げると栄養が重要です。SDGs達成のために貧困削減、飢餓撲滅、男女平等、教育機会均等、生計向上などが必要ですが、酪農乳業の重要性をどんな物語として伝えるかが大切です。持続可能性と言えばとかく環境面だけを捉えがちですが、全体として伝えるべきです。酪農乳業は持続可能性を物語として伝えられると思います。もちろん酪農乳業自体が、持続して発展していく必要もあります。伝える過程で意味が失われないように、活動は常に改善が必要です。そして各国の政府や消費者、ステークホルダーには、全世界に食料と栄養を供給する上で酪農乳業がいかに重要か気づいてもらうことです。
二番目と三番目に重要な課題は食品安全と食品規格であり、どちらも同じく重要です。新型コロナ禍により、消費者と政府にとって食品が関心事になりました。一部メディアの畜産への誤解もありました。この状況でIDFは、酪農乳業界がすでに優れた食品安全システムを取り入れており、乳・乳製品が安全に生産され、トレーサビリティーが確保されていることを示す活動を行いました。食品安全の重要性はWHOや各国政府も認識しており、今後も一層重要です。IDFは各国の様々な酪農乳業にもベストプラクティスを推奨しています。
食品規格は国際貿易ではそれがなければ取引さえできないと言われますが、IDFはISOやFAO/WHOコーデックスと共同で食品規格策定の活動に長年関わり、今後も重要です。
2.持続可能性が最も重要とのことですが、その課題の解決に向けてIDFの活動で注力されたことはありますか?
IDF加盟国は現在44カ国で、様々な酪農形態がありますが、加盟国間で持続可能性の取り組みを紹介し、情報共有で学び合うことができると考えました。そこで新しいIDF報告書として、「酪農乳業の持続可能性見通し」を定期的に発行しました。IDFは優れたネットワークを持つことも特徴で、IDF本部から各国に情報提供できますし、質問が生じた場合には国内委員会にコンタクトしてもらえれば、各国間で対応できる点も付け加えます。
3.持続可能性の捉え方が人によって違うようにも思われます。例えば植物由来などの代替食品が、持続可能との捉え方もあります。菜食主義が拡大することも考えられますが、酪農家や乳業は自信を失ってはいませんか?
植物由来の代替肉やいわゆる培養肉は人工的な食品であり、現時点では高所得国の人々にしか手に入らないですし、摂取経験が少ないため長期的な安全性がはっきりしていないものもあります。また培養肉などは、環境負荷の面で十分な説明がありません。菜食主義の拡大で酪農乳業が自信を失うことは確かに心配です。しかし乳・乳製品は我々の食生活の一部として長い歴史があります。コロナ禍で人々は乳・乳製品に再び目を向けました。親世代や祖父母から伝えられた良さを思い出した面もあります。我々も次世代に責任を持って伝えるべきです。
また植物由来の食品は国によっては長い歴史があり、人工的な培養肉とは違います。食事はバランスよく取ることが大切です。食生活の中に、乳・乳製品や植物性のものを取り入れることが食事バランスをよくします。変わったことが必要という訳ではないのです。
乳業には植物由来の商品を販売する企業もあります。酪農家への説明が求められますし、一つの商品が他よりも優れているというよりも、健康的なバランスのよい食事に向けた企業戦略が必要だと思います。
4.フードシステムという言葉もよく聞くようになりました。この分野ではどんな取り組みをされてきましたか?
国連『フードシステムサミット』が今年開催され、5つの行動として①安全で栄養豊富な食品へのアクセス②消費を持続可能に③生産による自然への影響を改善④公平な生計や地域の活性化⑤強靭性の構築が掲げられています。IDFとグローバル・デーリー・プラットフォーム(GDP)は、これらの目的のすべてにおいて酪農乳業がいかに重要かを伝えるために共同で準備を進め、FAOや「持続可能な畜産のグローバルアジェンダ」などとも連携しています。さらにIDFは加盟国にも呼びかけて、サミットでの政府のコミットメント提出を働きかけています。
5.今後、酪農産業を発展させていくには、様々な組織がその機能や強みを生かし、連携して活動することが求められそうです。その中でIDFやGDPが果たすべき役割は何ですか?また、加盟国に期待されることは何でしょうか?
酪農乳業の組織間の協力は必須です。IDFとGDPには良好な関係があり、GDPの理事会や運営委員会ではIDFは主要な地位があります。コミュニケーション、栄養、環境など、多くの分野で連携しています。役割は違いますが、世界中の酪農乳業の発展に向けて相補的に活動しています。IDFは酪農場や工場でのベストプラクティスを推奨し、サプライチェーンやマーケティングの課題にも世界の総意をくみます。GDPは商業や酪農開発の実施の面で企業とも協力し、酪農乳業の重要性や貧困削減のエビデンスの報告や開発プロジェクトなどを行っています。
IDFは各国の生産者の交流の場として、「酪農家のための円卓会議」を始めました。日本からも参加いただいています。IDFは生産者にも多く参加してもらい、酪農乳業の発展に繋がればと思います。農場を離れて会議に参加することは酪農家には簡単でないこともあり、以前は各国の生産者団体からの参加が多かったのですが、最近はIDFの理事会や委員会への酪農家の参加も増えています。
6.IDF が推奨してきたベストプラクティスには、例えばどんなものがありますか?
1903 年の設立以来、IDFは助言を与え続けています。コーデックスとはその設置当初から協力関係にあり、IDFは酪農乳業を代表して科学に基づく助言を規格策定に提供しています。業界内では本当に多いのですが、水フットプリントやカーボンフットプリントの手引書や、薬剤耐性、農場管理などの分野での活動があります。現在、持続可能性に関連して酪農乳業の栄養指標を策定中です。IDFが主導し、加盟国からコンセンサスを得て具体化されます。政府間組織にも、情報を与え酪農乳業が科学に基づいて運営されることを知らせます。各国の国内委員会がベストプラクティスの実践を進めています。
7.国や地域によって同じ酪農乳業でも抱える課題が異なる場合は多く、今後もそうした状況は続くと思いますが、世界の酪農乳業界が連携を維持するために何が必要でしょうか?連携強化のために日本に期待されることはありますか?
日本には、国連『フードシステムサミット』への参加を期待しています。国連での日本は大きな存在です。日本の参加があることは、関係者にとって大切です。このサミットに関するIDF特別作業部会の活動にも関わってください。IDFは連携・協力を実現するための機動力です。幅広い分野のIDF専門家が応えてくれます。国や地域によって酪農乳業の形態は違い課題も様々ですが、同じ酪農乳業であり目標も共通です。安全で栄養価が高く、持続可能な食料である乳・乳製品を世界に届けるという目標を皆が持っています。成功のためには、全体の連携が必要です。
8.新型コロナ禍の中で、酪農乳業界はこれまで経験のない課題に直面しましたが、IDFにはどんな取り組みが期待されますか?ワールドデーリーサミット(WDS)などの運営はどうでしょうか?
新型コロナが感染拡大し、都市封鎖が行われ、食料へのアクセスで人々のパニックが起きました。外食産業も大きく影響を受けました。新型コロナの危機は未だに続いていますが、人々は新たな日常の働き方や行動を身に着けました。この期間にIDFでは、「新型コロナからの学び」という活動で各国からの情報を共有するとともに出版も行いました。各国で酪農乳業が課題に直面していますが、産業として素早い対応ができ、食料供給が続けられています。食料供給は課題の一つですが、変化が起きるとともに、回復力をみせています。酪農乳業はそこに誇りを持つべきです。
IDFの活動・運営はオンラインでの開催が多くなり、いくつかの政府間組織とも共同でウェビナーも開催し、多くの方に参加いただきました。南アフリカとチリのWDSは中止になり残念ですが、IDFでは今後もオンラインイベントを充実させてゆきます。ワクチンが開発され、人々が再び集まれることを期待しています。
9.再び集まれることを楽しみにしています。こういう時期でもIDF本部から多くの有益な情報を提供いただいています。日本からオンラインで活動に参加できており、国内でも専門部会を開催して情報共有できています。
それは良いことです。私自身は4年間IDF のコミュニケーション向上にも取り組んできましたので、IDF チームから情報がしっかり届いていることを日本からお聞きできて嬉しいです。
10.持続可能性など世界の酪農乳業の共通課題の解決に向けて連携・協力することの大切さを国内関係者で再認識するとともに、国内委員会の活動を推進してゆきたいと考えます。本日はありがとうございました。
(2020年11月17日、ウェブ会議方式で実施)
(プロフィール)ジュディス・ブライアンス氏 / IDF 前会長
2013年10月からデーリーUKの最高責任者を務める。2006年英国酪農評議会理事。2016年に国際酪農連盟(IDF)会長に選出された。昨秋IDF会長を退任後、IDF名誉会員に任命。フードシステムサミットに関するIDF特別作業部会委員長を務めている。欧州では欧州酪農協会(EDA)、英国では英国酪農評議会、デーリー・エネルギー・セービングス、ミルク・マーケティング・フォーラムなど多くの組織の理事を兼務。ロンドン大学キングス・カレッジ博士、管理栄養士。
2013年10月からデーリーUKの最高責任者を務める。2006年英国酪農評議会理事。2016年に国際酪農連盟(IDF)会長に選出された。昨秋IDF会長を退任後、IDF名誉会員に任命。フードシステムサミットに関するIDF特別作業部会委員長を務めている。欧州では欧州酪農協会(EDA)、英国では英国酪農評議会、デーリー・エネルギー・セービングス、ミルク・マーケティング・フォーラムなど多くの組織の理事を兼務。ロンドン大学キングス・カレッジ博士、管理栄養士。