ビタミンDは筋肉の萎縮を抑制し、高齢者のサルコペニアを予防・改善する

「あたらしいミルクの研究」2019年度

京都府立大学大学院生命環境科学研究科教授 亀井 康富

研究報告「ビタミンDによるサルコペニアの予防・改善の分子基盤の解析」(亀井康富)をもとに作成。
乳や乳製品に含まれるカルシウムの吸収を助け、丈夫な骨作りに欠かせないビタミンD。魚類やきのこ類に多く含まれています。最近では、高齢者での増加が問題となっている「サルコペニア」の予防にもビタミンDが有用だといわれています。本研究では、サルコペニアとビタミンDの関係性について国内外の数々の論文を検討、また独自の方法による細胞実験などを行ない、ビタミンDが筋肉の萎縮を抑制するというメカニズムの一端を解明しました。

筋萎縮によるサルコペニアは超高齢社会の大きな問題

 骨格筋——骨格に付着しており、姿勢を保ったり体を動かしたりする筋肉で、一般的に“筋肉”と呼ばれるものはこれを指す——は、体重の約40%を占める人体最大の組織であり、運動やエネルギー代謝、細胞への糖取り込みにおいて重要な役割を果たしています。そこで、健康増進のためには、適度な運動や十分な栄養摂取によって骨格筋機能を保持することが大切になります。
 一方で、加齢や低栄養、病気、運動不足などにより骨格筋が萎縮(減少)し、その機能が低下した状態が「サルコペニア」です(図1)。サルコペニアになると、エネルギー消費や糖取り込みが減少するので肥満や糖尿病を招きやすく、さらには車いすや寝たきりの生活を余儀なくされるなど、クオリティ・オブ・ライフ(QOL・生活の質)が著しく低下します。日本が超高齢社会を迎えた現在、QOLを維持し、健康寿命を延ばすという観点からも、筋萎縮を抑制してサルコペニアを予防する方法を見出すことは重要な課題となっています。

注目されるサルコペニアとビタミンDの関係

 近年、多くの研究からサルコペニアにビタミンD が関係することがわかってきました。ビタミンD は脂溶性ビタミンであり、食物から摂取するほか、紫外線を浴びることで皮膚で生合成されますが、そのままの形では働かず、肝臓と腎臓を経て活性型ビタミンD に変換されます。まず肝臓で25- ヒドロキシビタミンD(25(OH)D)に変換され、次に腎臓内で1,25- ジヒドロキシビタミンD(1,25(OH)2D)という形になります。活性型となったビタミンD は、主に細胞の核内のビタミンD 受容体を介して体内でさまざまな作用を及ぼします。小腸や腎臓でのカルシウム吸収を促進して骨の健康に関与することはよく知られていますが、ほかにも骨格筋や他の組織において重要な働きをしています。
 なお、ビタミンD の所要量に関しては、血中ビタミンD 濃度(25(OH)D 濃度)が30ng/ml 未満はビタミンD 不足、20ng/ml 未満はビタミンD 欠乏と判断されます1)。

日本人の多くがビタミンD不足の可能性

 私たちは、ビタミンD とサルコペニアの関係を知るために国内外の文献を調査しました。日本人を対象とした研究では、65 歳以上で要介護となる可能性のある高齢女性80 名のうち、28%が血中25(OH)D が20 ng/ml 以下、89%が血中25(OH)D が30ng/ml 以下でした2)。また、40 歳未満から80 歳台までの各年代の日本人男女1683名のうち、血中25(OH)D が30ng/ml 以下を81%が占めていました( 図2 )。以上より、日本人では高齢者の90%、健常な人でもその多くがビタミンD 不足である可能性が示唆されました。
 また、海外の研究では、血中ビタミンD 濃度が低いほど転倒リスクが高まること3)、筋力および筋量が低下しやすいこと4)、肥満になりやすいこと5)などが報告されており、ビタミンD と筋萎縮およびサルコペニアの関連が示唆されています。ビタミンD 投与によって筋力が回復するとの報告もあります6)。しかしながら、ビタミンDがどのように筋萎縮に作用するのか詳しいメカニズムはわかっていません。

筋萎縮を引き起こすFOXO1をビタミンDが抑制する

 ビタミンD の筋萎縮抑制作用に関して、私たちはこれまでフォークヘッド型の転写因子 (FOXO1) に着目して研究を行なってきました。転写因子とはDNA に特異的に結合するタンパク質の一群であり、遺伝子の発現を制御する機能をもちます。低栄養や糖尿病、がんなどのさまざまな理由で筋萎縮が起こるとき、骨格筋ではFOXO1の発現が増加しています7,8)。私たちの研究では、マウスの骨格筋に特異的にFOXO1 を過剰発現させたところ、顕著な筋萎縮が観察されました9)。よって、FOXO1 は筋萎縮を引き起こす重要な因子であると考えられます。
 続けて、FOXO1 の転写活性を抑制することが筋萎縮の抑制に有効であると考え、レポーターアッセイという手法を用いて、FOXO1 の転写活性を抑制する化合物の探索を行ないました。520 種類の食品由来成分をスクリーニングした結果、活性型ビタミンD がFOXO1 の転写活性経路を抑制することが明らかになりました。
 そこで、ビタミンD によるFOXO1 を介した筋萎縮抑制効果の作用機序を解明するために、培養した筋細胞を用いてさらなる検討を行ないました。その結果、ビタミンD はユビキチンリガーゼやリソソームタンパク質分解酵素などの筋萎縮遺伝子の発現を抑制することが明らかになりました10() 図 3 )。また、骨格筋のタンパク質を構成する必須アミノ酸のうち、約35% を占めるのが分岐鎖アミノ酸(BCAA:バリン、ロイシン、イソロイシン)ですが、ビタミンD はこのBCAA の分解を抑制することで、筋萎縮の抑制に作用することが示唆されました( 図4 )。
 以上のように、細胞レベルの実験ですが、ビタミンDは筋萎縮を改善するという結果が得られており、適切なビタミンD 摂取は骨格筋機能低下、すなわちサルコペニアの予防・改善に有用であると考えられます。
  • グルココルチコイド(副腎皮質ホルモン)のデキサメタゾン(DEX)はFOXO1の活性を増加させる。培養した筋細胞にDEX および活性型ビタミンDを添加したところ、24 時間後、DEX 添加により、FOXO1 の標的遺伝子である筋萎縮遺伝子(ユビキチンリガーゼの一種Atrogin 1、リソソームタンパク質分解酵素の一種CathepsinL)の増加が見られたが、活性型ビタミンD 添加によってそれらの増加が抑制された。
  • BCAAの代謝は身体の外部・内部の環境によって調節される。培養した筋細胞にDEX、活性型ビタミンD を添加したところ、24 時間後、DEX 添加によりBCAA分解酵素であるBCAA アミノ基転移酵素(BCAT2)が増加したが、それは活性型ビタミンD 添加によって抑制され、DEX により減少した細胞内のBCAA 量は活性型ビタミンD により回復した。

(文献)

1)日本内分泌学会・日本骨代謝学会「ビタミンD 不足・欠乏の判定指針」
2)Okuno, J. et al. Effects of serum 25-hydroxyvitamin D(3) levels on physical fitness in community-dwelling frail women. Arch Gerontol Geriatr 50, 121-126, doi:10.1016/j.archger.2009.02.011 (2010).
3)Bischoff-Ferrari HA et al. Fall prevention with supplemental and active forms of vitamin D: a meta- analysis of randomised controlled trials. BMJ 2009;339:b3692.
4)Visser M et al. J Clin Endo Metab 2003; 88:5766-72.
5)Gallagher et al. J Steroid Biochem Mol Biol 136: 195, 2012.
6)Beaudart C et al. J Clin Endo Metab 99: 4336, 2014.
7)Kamei, Y. et al. A forkhead transcription factor FKHR up-regulates lipoprotein lipase expression in skeletal muscle. FEBS Lett 536, 232-236(2003).
8)Reed, S. A., Sandesara, P. B., Senf, S. M. & Judge, A. R. Inhibition of FoxO transcriptional activity prevents muscle fiber atrophy during cachexia and induces hypertrophy. Faseb j 26, 987-1000, doi:10.1096/fj.11-189977 (2012).
9)Kamei, Y. et al. Skeletal muscle FOXO1 (FKHR) transgenic mice have less skeletal muscle mass, down-regulated Type I (slow twitch/red muscle) fiber genes, and impaired glycemic control. J Biol Chem 279,41114-41123,doi:10.1074/jbc.M400674200 (2004).
10) Hirose, Y., Onishi, T., Miura, S., Hatazawa, Y. & Kamei, Y. Vitamin D Attenuates FOXO1-Target Atrophy Gene Expression in C2C12 Muscle Cells. J Nutr Sci Vitaminol (Tokyo) 64, 229-232, doi:10.3177/jnsv.64.229 (2018).

-「あたらしいミルクの研究」2019 年度 -

一般社団法人Jミルクと「乳の学術連合」(牛乳乳製品健康科学会議/乳の社会文化ネットワーク/牛乳食育研究会の三つの研究会で構成される学術組織)は、「乳の学術連合」で毎年度実施している乳に関する学術研究の中から、特に優れていると評価されたものを、「あたらしいミルクの研究リポート」として作成しています。

本研究リポートは、対象となる学術研究を領域の異なる研究者や専門家含め、牛乳乳製品や酪農乳業に関心のある全ての皆様に、わかりやすく要約したものになります。

なお、研究リポートに掲載されている研究内容詳細を確認する場合は、乳の学術連合公式webサイト内「学術連合の研究データベース」より研究報告書のPDFをダウンロードして閲覧可能です。あわせてご利用ください。
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ビタミンDによるサルコペニアの予防・改善の分子基盤の解析

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