「あたらしいミルクの研究」2017 年度
治療食における牛乳の栄養的な役割と患者さんの嗜好や摂取意欲の変化
代表研究者
県立広島大学人間文化学部健康科学科 :杉山寿美
共同研究者
広島女学院大学人間生活学部管理栄養学科 :野村希代子
県立広島大学人間文化学部健康科学科 :神原知佐子
広島大学病院栄養管理部 :岡 壽子
治療食で提供される牛乳の「栄養的な役割」と「患者さんの嗜好や摂取意欲の変化」を明らかにすることを目的に調査を進めたところ、牛乳提供は栄養的に大きな役割を果たしていました。
さらに、患者さんは入院をきっかけに牛乳の飲用を肯定的に捉え、退院後も牛乳を日常的に利用していました。
その一方で、治療食に牛乳が提供される理由を患者さんに伝える食事指導が十分でない実態もありました。
そのため、生活習慣病などの疾病で長期にわたる食事管理が必要となる治療食において、管理栄養士は患者さんが習慣的な栄養素不足を生じないように食事指導を徹底することが必要であると考えられました。
県立広島大学人間文化学部健康科学科 :杉山寿美
共同研究者
広島女学院大学人間生活学部管理栄養学科 :野村希代子
県立広島大学人間文化学部健康科学科 :神原知佐子
広島大学病院栄養管理部 :岡 壽子
治療食で提供される牛乳の「栄養的な役割」と「患者さんの嗜好や摂取意欲の変化」を明らかにすることを目的に調査を進めたところ、牛乳提供は栄養的に大きな役割を果たしていました。
さらに、患者さんは入院をきっかけに牛乳の飲用を肯定的に捉え、退院後も牛乳を日常的に利用していました。
その一方で、治療食に牛乳が提供される理由を患者さんに伝える食事指導が十分でない実態もありました。
そのため、生活習慣病などの疾病で長期にわたる食事管理が必要となる治療食において、管理栄養士は患者さんが習慣的な栄養素不足を生じないように食事指導を徹底することが必要であると考えられました。
異なる概念の両立が治療食の難しさ
疾病治療における食事の栄養素量は「治療ガイドライン」に示され、疾病ごとに影響が大きい栄養素について守るべき1日の摂取量が示されています。一方、「治療ガイドライン」に示されていない栄養素については、「日本人の食事摂取基準2015年版(以下,食事摂取基準)」に従うとされています。食事摂取基準は、高血圧や高血糖等のリスクがある人も含め国民の健康保持・増進を目的とし、各栄養素の1日あたりの習慣的な摂取量を「範囲」で示しています。また、「おいしく楽しく食べることができる食事」という概念を有しています。治療のために守るべき量という「厳密さ」とおいしく食べることができるという「柔軟さ」。疾病治療のための食事は、この2つの異なる概念を持ち、その両立が求められることが難しさと言えます。
例えば、牛乳に多く含まれるカルシウム摂取量は、「平成27年国民健康・栄養調査」によると509mg/日(20歳以上)です。しかしながら、食事摂取基準の推奨量である650mg/日(20歳以上の最小値)には男女とも達しておらず、意識しなければ摂取しにくい栄養素であると考えられます。このような状況から、医療施設で提供される治療食ではカルシウムの供給源として牛乳を提供することが多いと推察されますが、提供する理由が患者さんに伝わっているかどうかは明確ではありません。さらに、牛乳を組み合わせた治療食が患者さんにとって「おいしく食べることができる食事」として受け入れられているかについても明らかではなく、これらについても調査する必要があると考えました。
そこで、生活習慣病など長期にわたり食事管理をする必要がある疾病治療食において、カルシウムを豊富に含む牛乳がどのように利用され、患者さんに受容されているかに着目しました。
例えば、牛乳に多く含まれるカルシウム摂取量は、「平成27年国民健康・栄養調査」によると509mg/日(20歳以上)です。しかしながら、食事摂取基準の推奨量である650mg/日(20歳以上の最小値)には男女とも達しておらず、意識しなければ摂取しにくい栄養素であると考えられます。このような状況から、医療施設で提供される治療食ではカルシウムの供給源として牛乳を提供することが多いと推察されますが、提供する理由が患者さんに伝わっているかどうかは明確ではありません。さらに、牛乳を組み合わせた治療食が患者さんにとって「おいしく食べることができる食事」として受け入れられているかについても明らかではなく、これらについても調査する必要があると考えました。
そこで、生活習慣病など長期にわたり食事管理をする必要がある疾病治療食において、カルシウムを豊富に含む牛乳がどのように利用され、患者さんに受容されているかに着目しました。
治療食献立における牛乳は栄養摂取に大きな役割
本研究では、治療食で提供される牛乳の「栄養的役割」と「患者さんの嗜好や摂取意欲の変化」を明らかにすることを目的とし、次の3つの視点でアプローチしました。その結果を示します。
1つ目の視点は、「牛乳に含まれる栄養素量が治療食献立において果たす役割」です。管理栄養士が作成した治療食の献立集から、「糖尿病120日分」「腎臓病69日分」「高血圧症33日分」「脂質異常症32日分」の治療食献立を抽出。各々の栄養素量や牛乳の使用状況について調査しました。その結果、治療食献立の栄養素の量は、各疾病の「治療ガイドライン」に示された値のおおよそ範囲内でした。一方、「食事摂取基準」に示された栄養素は、カルシウムが「高血圧症」「脂質異常症」「腎臓病」の治療食において食事摂取基準に示された量より低く、習慣的に不足している可能性が考えられました。一方で、牛乳を「飲料」として使用した献立では使用していない献立と比べ、「糖尿病」「高血圧症」「脂質異常症」の治療食でカルシウム量が多くなっていました。また、「糖尿病」の治療食では、カルシウム以外の複数の栄養素でも栄養素量に差が認められました(表1)。以上のことから、治療食における牛乳の提供は、栄養素摂取量に大きな役割を果たしていることがわかりました。
1つ目の視点は、「牛乳に含まれる栄養素量が治療食献立において果たす役割」です。管理栄養士が作成した治療食の献立集から、「糖尿病120日分」「腎臓病69日分」「高血圧症33日分」「脂質異常症32日分」の治療食献立を抽出。各々の栄養素量や牛乳の使用状況について調査しました。その結果、治療食献立の栄養素の量は、各疾病の「治療ガイドライン」に示された値のおおよそ範囲内でした。一方、「食事摂取基準」に示された栄養素は、カルシウムが「高血圧症」「脂質異常症」「腎臓病」の治療食において食事摂取基準に示された量より低く、習慣的に不足している可能性が考えられました。一方で、牛乳を「飲料」として使用した献立では使用していない献立と比べ、「糖尿病」「高血圧症」「脂質異常症」の治療食でカルシウム量が多くなっていました。また、「糖尿病」の治療食では、カルシウム以外の複数の栄養素でも栄養素量に差が認められました(表1)。以上のことから、治療食における牛乳の提供は、栄養素摂取量に大きな役割を果たしていることがわかりました。
治療食での牛乳提供における「おいしさ」と「栄養量」
2つ目の視点は、「医療施設における治療食で牛乳が提供される状況」です。100床以上の特定給食施設967ヶ所に質問紙調査を依頼し、回答があった234施設を対象としました。調査内容は、「普通食」「糖尿病治療食」「腎臓病治療食」「高血圧症治療食」「高中性脂肪治療食」「高コレステロール治療食」の6種類の治療食における牛乳提供の状況についてです。
結果としてまず、提供する牛乳の量や頻度は、治療食の種類により異なりました。「腎臓病治療食」ではたんぱく質、「高コレステロール治療食」では脂質など、「治療ガイドライン」に示された栄養素に牛乳提供は影響される傾向がありました。
次に、管理栄養士の牛乳提供に対しての捉え方ですが、管理栄養士が患者さんに牛乳を飲むよう指導する際の理由は、治療食の種類に関わらず「カルシウム量の補給」でした(表2)。さらに、ご飯を主食とした食事に牛乳を「毎日提供する」と回答した施設は多かったものの、管理栄養士自身がご飯とみそ汁に牛乳を組合せた食事を、「おいしいと感じる」と回答したのはわずかでした。これにより、医療施設における治療食献立の作成は、「おいしさ」よりも「栄養量」が優先されていると考えられました。
一方、患者さんからの要望に応え、「牛乳の代わりに他の食品を提供する」「牛乳の提供をやめる」と多くの施設が回答しました。これは「栄養量」を優先しながらも、最終的には患者さんの要望に応えることが示されています。また、患者さんに「牛乳の提供の理由を説明する」と回答した施設はわずか15%程度でした。長期間の治療が必要となる疾病では、治療食で牛乳が提供されている理由や必要な摂取量について患者さん自身が把握することがとても重要です。そのためには、管理栄養士が患者さんに、習慣的に摂取すべき適正な量を指導することが求められます。
結果としてまず、提供する牛乳の量や頻度は、治療食の種類により異なりました。「腎臓病治療食」ではたんぱく質、「高コレステロール治療食」では脂質など、「治療ガイドライン」に示された栄養素に牛乳提供は影響される傾向がありました。
次に、管理栄養士の牛乳提供に対しての捉え方ですが、管理栄養士が患者さんに牛乳を飲むよう指導する際の理由は、治療食の種類に関わらず「カルシウム量の補給」でした(表2)。さらに、ご飯を主食とした食事に牛乳を「毎日提供する」と回答した施設は多かったものの、管理栄養士自身がご飯とみそ汁に牛乳を組合せた食事を、「おいしいと感じる」と回答したのはわずかでした。これにより、医療施設における治療食献立の作成は、「おいしさ」よりも「栄養量」が優先されていると考えられました。
一方、患者さんからの要望に応え、「牛乳の代わりに他の食品を提供する」「牛乳の提供をやめる」と多くの施設が回答しました。これは「栄養量」を優先しながらも、最終的には患者さんの要望に応えることが示されています。また、患者さんに「牛乳の提供の理由を説明する」と回答した施設はわずか15%程度でした。長期間の治療が必要となる疾病では、治療食で牛乳が提供されている理由や必要な摂取量について患者さん自身が把握することがとても重要です。そのためには、管理栄養士が患者さんに、習慣的に摂取すべき適正な量を指導することが求められます。
退院後も牛乳や乳製品を継続的に摂取
3つ目の視点は、「入院経験が牛乳摂取に及ぼす影響についての把握」です。広島県内の大学と短期大学に在籍する20歳以上の学生の家族277名を対象に、牛乳の利用状況と入院経験の関係について質問紙調査を行いました。
調査の結果、入院中に牛乳を飲んでいた人は入院中に提供された牛乳の提供時間や量、温度管理を「よかった」と回答する人が多く、治療食としての牛乳を概ね肯定的に捉えていました。さらに、入院中に治療食として牛乳を飲んでいた人の多くは退院後も牛乳を飲み続け、牛乳の摂取量や摂取頻度も、入院中に牛乳を飲まなかった人や入院経験がない人と比べ高いことがわかりました。加えて、入院中に牛乳を飲んでいた人が退院後に飲まなくなった場合でも、「牛乳以外の乳製品」や「牛乳を使った料理」を飲料として摂取する牛乳の代わりに利用する人が多いこともわかりました(表3)。つまり、入院中に牛乳を摂取することにより、退院後も牛乳あるいは乳製品などを継続的に利用している可能性が示されました。
以上のことをまとめると、まず治療食における牛乳の提供は、栄養的に大きな役割を果たしていることが明らかとなりました。一方で、治療食において牛乳が提供されている理由や必要な摂取量を伝える食事指導が十分でないこともわかりました。さらに、この牛乳の治療食における栄養的役割と患者さんの嗜好への配慮によって、患者さんだけでなく管理栄養士自身も、牛乳提供の意義を曖昧にしている可能性が考えられました。しかしながら、入院をきっかけに牛乳の飲用を肯定的に捉えた患者さんが、退院後も日常的に牛乳を利用している実態もあります。生活習慣病などの疾病で長期にわたる食事管理が必要となる治療食において、管理栄養士は患者さんが習慣的な栄養素不足を生じないように食事指導を徹底することが必要であると考えられました。
調査の結果、入院中に牛乳を飲んでいた人は入院中に提供された牛乳の提供時間や量、温度管理を「よかった」と回答する人が多く、治療食としての牛乳を概ね肯定的に捉えていました。さらに、入院中に治療食として牛乳を飲んでいた人の多くは退院後も牛乳を飲み続け、牛乳の摂取量や摂取頻度も、入院中に牛乳を飲まなかった人や入院経験がない人と比べ高いことがわかりました。加えて、入院中に牛乳を飲んでいた人が退院後に飲まなくなった場合でも、「牛乳以外の乳製品」や「牛乳を使った料理」を飲料として摂取する牛乳の代わりに利用する人が多いこともわかりました(表3)。つまり、入院中に牛乳を摂取することにより、退院後も牛乳あるいは乳製品などを継続的に利用している可能性が示されました。
以上のことをまとめると、まず治療食における牛乳の提供は、栄養的に大きな役割を果たしていることが明らかとなりました。一方で、治療食において牛乳が提供されている理由や必要な摂取量を伝える食事指導が十分でないこともわかりました。さらに、この牛乳の治療食における栄養的役割と患者さんの嗜好への配慮によって、患者さんだけでなく管理栄養士自身も、牛乳提供の意義を曖昧にしている可能性が考えられました。しかしながら、入院をきっかけに牛乳の飲用を肯定的に捉えた患者さんが、退院後も日常的に牛乳を利用している実態もあります。生活習慣病などの疾病で長期にわたる食事管理が必要となる治療食において、管理栄養士は患者さんが習慣的な栄養素不足を生じないように食事指導を徹底することが必要であると考えられました。
-「あたらしいミルクの研究」2017 年度 -
一般社団法人Jミルクと「乳の学術連合」(牛乳乳製品健康科学会議/乳の社会文化ネットワーク/牛乳食育研究会の三つの研究会で構成される学術組織)は、「乳の学術連合」で毎年度実施している乳に関する学術研究の中から、特に優れていると評価されたものを、「あたらしいミルクの研究リポート」として作成しています。
本研究リポートは、対象となる学術研究を領域の異なる研究者や専門家含め、牛乳乳製品や酪農乳業に関心のある全ての皆様に、わかりやすく要約したものになります。
なお、研究リポートに掲載されている研究内容詳細を確認する場合は、乳の学術連合公式webサイト内「学術連合の研究データベース」より研究報告書のPDFをダウンロードして閲覧可能です。あわせてご利用ください。
本研究リポートは、対象となる学術研究を領域の異なる研究者や専門家含め、牛乳乳製品や酪農乳業に関心のある全ての皆様に、わかりやすく要約したものになります。
なお、研究リポートに掲載されている研究内容詳細を確認する場合は、乳の学術連合公式webサイト内「学術連合の研究データベース」より研究報告書のPDFをダウンロードして閲覧可能です。あわせてご利用ください。
治療食における牛乳利用の栄養学的評価と対象者の嗜好・摂取意欲の変化
代表研究者
県立広島大学人間文化学部健康科学科 :杉山寿美
共同研究者
広島女学院大学人間生活学部管理栄養学科 :野村希代子
県立広島大学人間文化学部健康科学科 :神原知佐子
広島大学病院栄養管理部 :岡 壽子
- 「あたらしいミルクの研究」2017 年度 -
県立広島大学人間文化学部健康科学科 :杉山寿美
共同研究者
広島女学院大学人間生活学部管理栄養学科 :野村希代子
県立広島大学人間文化学部健康科学科 :神原知佐子
広島大学病院栄養管理部 :岡 壽子
- 「あたらしいミルクの研究」2017 年度 -
研究報告書は乳の学術連合のサイトに掲載しています
研究の詳細は、こちらをご覧ください。
治療食における牛乳利用の栄養学的評価と対象者の嗜好・摂取意欲の変化
治療食における牛乳利用の栄養学的評価と対象者の嗜好・摂取意欲の変化
乳の学術連合のサイトはこちら
我が国における牛乳乳製品の消費の維持・拡大及び酪農乳業と生活者との信頼関係の強化を図っていく観点から、牛乳乳製品の価値向上に繋がる多種多様な情報を「伝わり易く解かり易い表現」として開発し、業界関係者及び生活者に提供することを目的とした健康科学分野・社会文化分野・食育分野の専門家で構成する組織の連合体です。
乳の学術連合
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