第4回 フランスの包装前面栄養表示
「ニュートリスコア」の現状と問題点 - 2

フランスの酪農乳業事情 連載一覧

コラム、「フランスの酪農乳業事情」の第4回をお送りします。
前回に続き、フランスの包装前面栄養表示「ニュートリスコア」のおはなしです。

日本の消費者庁でも2023年から検討が始まった包装前面栄養表示。
フランスでは栄養素の多寡を総合的に評価し、からまでの5段階で色分けして視覚的に理解しやすくしたニュートリスコアが包装前面栄養表示として採用されています。しかし、評価が単純化され過ぎているため部分的で偏った情報であるとの指摘もあり、評価の基準が改訂されることになりました。牛乳の評価はどのように変わったのでしょうか。

アルゴリズムの見直しによるスコアの改定

2017年導入以来、その方法論的な限界により、栄養価の低い超加工食品を奨励する結果になる一方、有機食品や地域産品の価値を下げる可能性があることも指摘され、これまで様々な議論がされてきたニュートリスコア。しかし、食品における科学的知識の進歩、公衆衛生データ、市場の発展、食料供給に応じて定期的に更新されることも当初から計画されていました。

これにより、ニュートリスコアが施行されているヨーロッパ 7ヵ国(ドイツ、ベルギー、スペイン、フランス、ルクセンブルク、オランダ、スイス)の独立した研究者で構成される科学委員会の協議により、2022年、ニュートリスコアの計算アルゴリズムが改定*7されることになりました。

栄養学的健康に関する推奨事項と一致して、消費者による実際の使用、メーカーによる健康的な製品の開発が念頭におかれ、食品をより適切に分類し、ロゴの有効性を向上させる目的です。

まずは2022年7月に食品アルゴリズムが、続いて2023年3月に飲料アルゴリズムが更新されました。2023年末までにヨーロッパ国内で適用されることになり、製造業者の猶予期間は2年間となっています。
 

  • カルシウムやたんぱく質を含む最優良な食品としてこれまでニュートリスコアAだった半脱脂乳。スコア格下げは消費者に誤解を招き健康を損なうのではと懸念される
 食品のニュートリスコアの変更点
アルゴリズムの改訂によりニュートリスコアが変更される食品【例】
● 脂肪分の多い魚は、健康的な食事の一部として認識され、評価が向上
【例】オメガ3を多く含むスモークサーモンなど
● チーズの評価では、塩分と飽和脂肪酸の含有量をより適切に考慮
【例】D評価だった脂肪分と塩分の少ないハードチーズ(エメンタールなど)はCに分類されるが、その他はDまたはEのまま。
● 飽和脂肪酸の少ない油や不飽和脂肪酸を含む食品は評価が向上
【例】飽和脂肪酸が少ない油(オリーブ、クルミ、菜種)はCBに評価が向上。ひまわり油はC、ピーナッツ、コーン、大豆油 はD、ココナッツオイル はE、バター はE評価のまま。
 食物繊維が豊富な製品は精製製品より有利な評価に
【例】食物繊維が豊富な全粒製品(パン、パスタ、米など)はA、精製製品は塩分含有量に応じてBまたはCになり適切な区別が可能に。
● 砂糖や塩の含有量に応じて製品をより正確に評価
【例】特に朝食用シリアルは、A評価のものがあったが、糖分含有量に応じてC、さらにはDEにまで降格。砂糖を含まない、または砂糖をほとんど含まない朝食用シリアルと区別されることに。 
 赤身の肉は、がんや心血管疾患のリスクが高いため、鶏肉や魚よりも低い評価に分類される。
 すぐに食べられる調理済加工食品は、AからBまたはBからCへ、また、塩分含量の非常に多い特定の食品(特に冷凍ピザ)ではD評価に移行。
 飲料のニュートリスコアの変更点
アルゴリズムの改訂によりニュートリスコアが変更される飲料【例】
● ココア、コーヒー、チコリパウダーなどはそのまま消費されるのではなく、液体の形で調整されて消費されるレシピに基づいて計算される。
● 人工甘味料を含む製品の評価が下がることに。特に炭酸飲料について、メーカーがより良い栄養スコアを得るために砂糖を人工甘味料に置き換えて製造するのを防ぐことができる。 また、砂糖の量が2g/100ml 未満である飲料はB評価になるが、砂糖の量が多い飲料はDまたはEとなる。
● フルーツジュース、ネクター、スムージーはアルゴリズムがこれまでのところ正しく分類されているとし(CE)、評価の変更はなし。
● 水はAスコアを獲得できる唯一の飲料
 牛乳や乳飲料に注目
これまで食品アルゴリズムに含まれていた牛乳、乳飲料、野菜飲料が飲料アルゴリズムに含まれることになりました。牛乳は脂肪含有量によって分類され、甘い乳飲料とは別に区別されます。
● 脱脂乳および半脱脂乳はAからBに、全乳はBからC評価に。また、飽和脂肪酸を多く含む他の動物の全乳も評価が低くなることに。
● 加糖乳飲料(フレーバーミルク)は、以前のニュートリスコアのようにAまたはBに分類できなくなり、砂糖の含有量によりDまたはEに分類される。
● 発酵乳ベースの飲料(加糖ヨーグルトやフレーバーヨーグルト)はこれまでのAまたはB評価から、糖分含有量に応じてCDまたはEに分類される。
● 植物ベースの飲料(大豆、アーモンド、オーツ麦、米など)は、以前のA評価から、栄養成分に応じてBからE評価が付けられることに。
❚ ニュートリスコア計算方法 
  • スコアは製品100gに対して、制限する栄養素(飽和脂肪酸、糖質、塩分、エネルギー)と促進する栄養と食品(繊維、果物と野菜、たんぱく質)に応じて計算される。
    各成分には0から10点までの点数が与えられ、制限する栄養素の合計(0~40点)から、促進する成分の合計(0~15点)を引いた結果がスコアとなり、5段階に色分けされる。
❚ 新しいバージョンのNutri-Scoreの計算スプレッドシートの画像 
  • フランス公衆衛生局は誰もがニュートリスコアを計算できるようExcelシートを公開している

巻き添え被害者の牛乳類

今回の改定でニュートリスコア科学委員会は、砂糖、塩分、脂肪の摂取量をより厳しくするよう求めています。これらの推奨事項が適切であり、製品のレシピが再配合されることで消費者により有益となれば、もちろん奨励されるべきことです。しかし、牛乳の場合、疑問が生じます。

新しいニュートリスコア方法論により、食品から飲料とみなされた牛乳類。
脱脂乳および半脱脂乳は評価からに、全乳はに格下げされました。しかしながら、栄養学的に無意味な格下げともいえ、牛乳業界を驚かせました。

「牛乳は、何よりもカルシウム、たんぱく質、乳糖、アミノ酸が豊富な食品です。水と同じように単なる飲み物とみなすことはできません。」と、シンディライト社社長兼カンディア社ディレクターのエリック・フォリン氏は語りました。*8

また、Cniel(国立酪農経済専門職間センター)のゼネラル ディレクター、キャロリーヌ・ル・プルティエ氏は、
「フランスでは、フランス人の 87% が牛乳を食材として消費しています」と強調し、
「今回のニュートリスコアの変更は、栄養学的に脱脂乳をダイエットコークと同じレベルにするか、全乳を非常に甘いネクターと同じレベルにする”効果”があります。牛乳が健康に関する推奨事項の中心であるにもかかわらず、これは消費者の意欲を失わせる危険性があります。」と述べています。

今回の改正により、製造業者はその変更をパッケージに表示するまで2年間の猶予が与えられることになりますが、「これは業界にとって経済的コストとなる」とキャロリーヌ・ル・プルティエ氏はすべての関係省庁に抗議をしています。*8

また、酪農が盛んなブルターニュ地域圏モルビアン県から選出された国会議員で生産者のニコール・ル・ペイ氏も今年7月に「牛乳の栄養スコアの変更」について、質問書を書簡*9で保健予防省に宛てています。

牛乳が "食品" から "飲み物カテゴリーとして消費されることを示すニュートリスコアの改訂について保健予防大臣に質問します。
この改訂により脱脂乳および半脱脂乳は に格下げされ、全乳は に認定されることになります。牛乳は 90% が水分で構成されていますが、たんぱく質、脂質、炭水化物、ミネラル、ビタミンの供給源でもあります。このような改訂は、牛乳の栄養学的特性、またはその使用の現実に関して正当化されず、さらに悪いことに、深刻な公衆衛生上のリスクを意味します。このような、アルゴリズムの不一致とその影響は、消費者の選択の方向性に対する実際の影響を伴う、過度に要約された計算システムの限界を明らかにする一方で、最終的な影響は消費者の健康、ひいては公衆衛生政策に関係します。そこで、国の食糧安全保障に不可欠な食品に関する事実の情報を消費者に伝えるために、計算アルゴリズムの再改訂を検討しているかどうかを尋ねたいと思います。


これに対し2023年11月現在、保健予防省大臣からの返信はまだありません。

 

❚ 図解アルゴリズムの改訂によりニュートリスコアが変更になる牛乳類 

食品アルゴリズムに属していた牛乳類は飲料アルゴリズムで計算されることになり、これまで評価だった
脱脂乳、半脱脂乳はに、全乳はから評価が下がる。乳飲料と飲むヨーグルトも糖分に応じて格下げに。
  • ソルボンヌ大学パリ北校栄養疫学研究チームNutri-Scoreブログより転載

ニュートリスコア現状と問題点の考察

2017年にフランスで初めて導入されたニュートリスコアは、現在メーカーの自主表示ではありますが、食品市場の 約60% に採用されています。
フランス公衆衛生局が毎年実施する調査*10では、このロゴが消費者によく知られていることが示されています。フランス人の 90% はニュートリスコアによって製品の栄養品質を認定できると思っていて、89% が包装に義務付けるべきだと考えています。また、調査対象者の半数はすでにニュートリスコアのおかげで食習慣を変えたとも答えています。

誰にとっても健康的で持続可能な食生活を手助けするツールとして開発されたニュートリスコア。高度に加工された工業食品の製造業者は、そのレシピを変更してスコアの評価を上げ、消費者の健康に貢献することができるでしょう。

しかし、牛乳、油、砂糖、魚などの一次食品はレシピを変更して評価を上げることは不可能です。これらの食品の栄養情報が記号化されることで逆に健康上の利点がロゴの下に埋もれてしまいます。
ニュートリスコアの評価だけで、健康に良い食品/悪い食品と決められるものではなく、まして、最高スコアの製品のみを選択すればバランスの取れた食事になるというものでもないのです。

アルファベットと色で分類され、視覚的に目を惹き、一見わかりやすく映りますが、消費者が評価の高い製品を好むように誘導する宣伝目的ツールの側面も垣間見えます。
食品の栄養価は含まれる栄養成分だけに限定されず、その物理的構造および一緒に摂取する食品との相互作用に応じて消化、代謝され、健康への影響が変化するものです。単独で摂取した食品のレベルにばかり注意が向けば、全体的な食事バランスの観点から食品を選択するという本来の公衆栄養教育の目的から外れてしまう可能性もあります。

同じ属性の加工食品で迷ったら "ニュートリスコアを参考にする" くらいで見るのがよいのかなと、個人的には思っています。

 

まとめ -各国の健康・栄養政策に沿った表示として-

包装前面栄養表示は諸外国における重要な政策ツールであり、消費者の健康的な食品選択を助けるため、WHOやコーデックス委員会のガイドラインにおいてその国の健康・栄養政策に沿ったものであるべきとしています。

フランスでは国民栄養調査の結果を受けて第4次国民健康栄養プログラム(PNNS4)が進められています。そのなかで、フランス国民の健康状態の改善を目的として栄養に関する指標を推進するために、ニュートリスコアが取り入れられています。
 

第4次国民健康栄養プログラムの指標

 1. 肥満と過体重を減らす 
 2. あらゆる年齢層で身体活動を増やす 
 3. リスクの高い人々の食生活と栄養摂取を改善する
 4. 栄養障害の蔓延を減らす

 

今後、国民健康栄養プログラム の計画において、ニュートリスコアを給食や業務食、未包装で販売されている製品へ表示を拡大していくことが予定されています。また、フランス政府は欧州での義務化を目指しており、国際レベルでの促進が進行しているようです。

日本でも導入の検討が始まった包装前面栄養表示。
日本では厚生労働省で進められる健康・栄養政策(「健康日本21」や「食生活指針」)と消費者庁で進める栄養表示政策とは、健康増進法において整合性がとられる仕組みとなっています。

どの食品、どの栄養素が対象になり、どんな形式で表示されるのでしょうか。
フランスの現状を鑑み、消費者に有益な情報が切り捨てられたりせず、健康的で持続可能な食生活が奨励される表示になることを期待し、注視していきたいと思います。
  • このような国民栄養調査の結果を受け、第4次国民健康栄養プログラム(PNNS4)では、フランス国民の健康状態の改善を目的とした4つの指標を掲げ、特に栄養に関する指標を推進するために、ニュートリスコアが取り入れられている。
管理栄養士 吉野綾美
1999年より乳業団体に所属し、食育授業や料理講習会での講師、消費者相談業務、牛乳・乳製品に関する記事執筆等に従事。中でも学校での食育授業の先駆けとして初期より立ち上げ、長年講師として活躍。2011年退職後渡仏、現在フランス第二の都市リヨン市に夫、息子と暮らす。