フランス人とデザートの甘い関係 - 2

ミルクの国の食だより 連載一覧

コラム、「ミルクの国の食だより」の第70回をお送りします。今回はフランスのデザートの源流をたどってみます。

バターたっぷりの焼き菓子や、クリームを味わう菓子、果実やナッツ、チョコレートが入った菓子など、数え切れないほど種類のあるフランスの甘味。フランス人は必ずといってよいほど甘味をデザートとして食事の最後に食べる習慣があります。

今日では甘味をこよなく愛する国民ですが、実は中世の終わり頃までは、この国で甘い味は人々にあまり受け容れられなかった歴史があるのです。

フランスでは甘い味の料理が少なかった

14世紀に発行された料理本を見ると、イタリアやスペインでは砂糖や蜂蜜などを使った甘い味の料理が半分くらい存在します。一方、フランスの料理本では一割以下。

当時、フランスでは隣国に比べ砂糖貿易がまだ発展していなかったために砂糖が希少な存在だったことが理由にあります。
また、砂糖は食品ではなく、他の香辛料と同様に「薬」として扱われており、食品店ではなく薬局でのみ扱われていました。
そしてその砂糖を使った料理は病人のためのもので、甘い味=薬の味と認識され、敬遠される傾向にあったようです。

しかし、理由はそれだけではありません。

本来甘い味というのは、エネルギー源の存在を示すシグナルでもあるため、本能的に好まれる味です。その昔、古代ローマ時代には砂糖自体はまだなかったとはいえ、甘味料として蜂蜜、ナツメ、いちじく、レーズンなどが使われていました。

いかに高価な輸入品であっても貴族であれば手に入れようとすればそれもできたはずです。
同じく価値が高かった、こしょう、シナモンなどの香辛料はその薬効を兼ねた嗜好品として多種多量に料理に使われた料理は存在するのに、なぜ貴族の料理人は砂糖を使おうとしなかったのでしょうか。

酸味を好んだフランス人

中世後期、フランスでは隣国に比べワイン、酢、ヴェルジュ*といった酸味料が料理に多く使われていました。
肉を柔らかくしたりという調理効果だけでなく、酢を使った料理の「ツンとくる軽い酸味」は食欲をそそり味覚を刺激するため、スパイスと相まってフランスではたいへん好まれたようです。

フランスの料理本には酸味料が70%も登場していた一方、イギリスでは約40%、イタリアでは30%。
またヴェルジュだけみれば、フランスは40%以上の料理に使われていますが、イギリス、イタリアでは10%以下。
そしてこれらの国でヴェルジュを使用する際はその酸味を和らげるためにきまって砂糖が使われていたそうです。

イタリア、スペイン、イギリスで甘味が好まれた理由

なぜ隣国と味の好みにそこまでの差があったのでしょうか。その大きな影響を与えたのが食事時に飲用されていたアルコールによるというのです。

ヨーロッパ南部に位置し、ブドウが完熟するのに十分に暖かな気候だったイタリア、スペインではフランスのワインよりかなり甘いワインが飲まれていました。
また、イギリスではホップが加えられていない甘みのある醸造酒「エール」が多く飲まれていました。そのためフランスに比べ甘い味に抵抗がなく、むしろ好まれていたようです。

他地域と比べて酸味への嗜好性が高かった中世フランス。
甘味と酸味は味において全く異なるものですが、体内ではエネルギー源として同様な働きがあることを、もしかすると体験的に知っていたのかもしれません。

この時代の料理は強い酸味と香辛料による刺激的な味が特徴で、同時に油脂類の使用が少なく、塩味は控え目であったことも知られています。
甘い味とはまだ縁遠かったようです。


*酢よりも強い酸味を示す未熟ぶどう果汁。現在はあまり用いられない

*参考資料:Le sucré dans les livres de cuisine français, du XIVe au XVIIIe siècle(14~18世紀フランス料理本における砂糖)
https://www.persee.fr/doc/jatba_0183-5173_1988_num_35_1_6687
  • 飲料として飲まれていたワインの甘味度が料理の味にも影響を及ぼしていたという。中世フランスはとりわけ酸味とスパイスの効いた調味が特徴の料理文化だったといえる
※このテーマは次号に続きます。
管理栄養士 吉野綾美

1999年より乳業団体に所属し、食育授業や料理講習会での講師、消費者相談業務、牛乳・乳製品に関する記事執筆等に従事。中でも学校での食育授業の先駆けとして初期より立ち上げ、長年講師として活躍。2011年退職後渡仏、現在フランス第二の都市リヨン市に夫、息子と暮らす。