第2回 遣米使節団の“侍”がみた米国酪農と乳利用

近代日本の幕開けとともに歩む酪農産業の足跡

第2回 遣米使節団の“侍”がみた米国酪農と乳利用

開国と日米和親条約

1853(嘉永6)年7月、アメリカ合衆国が派遣したマシュー・ペリー提督の率いる4隻の黒船が、大統領国書を携えて浦賀沖に来航し江戸幕府に開港を迫りました。翌1854(嘉永7)年にも再来したペリーは、重ねて開国を要求しています。

 江戸幕府の全権であった林復斎(大学頭)らとの交渉により、同年3月に日米和親条約が締結されました。その際に交渉は、米艦ポーハタン号の船内で行われ、その時に米国側から出された焼いたパンとバターを塗る異国の食事のにおいに閉口して、バターは鬢附油(びんつけあぶら)のようなものと表現されたそうです。

 そして開国に向かうこの時代は、刻々と動く政治に動揺を隠すことができない狂乱怒涛の時代であったのでした。

一方、ちょうどその頃、渋沢栄一の父である市郎右衛門は、武蔵国血洗島村(現・埼玉県深谷市)で生産された藍玉を、信州(長野県)など各地の染物業者「紺屋」に売り歩いていました。息子の栄一も既に13歳ぐらいであったので、近在の農家をまわり、藍葉を買い付けるようになっていました。そして16歳頃からは、信州の上田や上州(群馬県)の伊勢崎、秩父まで藍玉を売りに出かけていました。

 藍玉製造販売は年商一万両と推定されています。そして当時の栄一は農家の青年というより、有能な商人の後継であったといわれています。後に新政府や実業界で群を抜いて活躍できた素質は、家業に精通する中で培われた経済の経験があったからといわれています。

ニューヨークで酪農を視察

 幕府は1860(万延元)年2月、開国後初めて正式に遣米使節団を日米修好通商条約批准書の交換のため派遣しました。使節団は正使の新見正興、副使の村垣範正、目付に小栗忠順、勘定方として森田清行ら総勢77人でした。この一行にいた小栗忠順は、交渉手腕が最も優れていたのでアメリカ側は高く評価し、その先見性を十分に発揮したことから、後にわが国の近代化の礎を築いたのでした。

 なお、遣米使節団の随行艦として軍艦奉行の木村喜毅(よしたけ)らが乗艦した幕府軍艦・咸臨丸も渡米したことはよく知られており、若き日の勝海舟、福沢諭吉が乗船していましたが、サンフランシスコで帰国しています。

   遣米使節団副使である村垣範正の従者として随行した絵師・谷文一は、直接見聞した様子をその都度スケッチしました。これらは「フランク・レスリー絵入新聞(1860年5月26日刊)」に、見聞した好奇心旺盛な侍一行の姿が記事になり紹介されました。その中にニューヨーク市民に牛乳を供給する牛舎を視察した時にメモする彼らの貴重な絵(銅版画)が掲載されています。

 日本人は異国の地でどのように酪農事業をみたのでしょうか。当時、日本国内でも牛は飼育されていましたが、農耕の労役に使うのみで、搾乳した牛乳を飲む習慣はありませんでした。しかし、数年後に乳牛はアメリカから日本にも導入され、牛乳を飲む習慣が少しずつではありましたが広がっていくことになります。

 ホルスタイン種の牛は、ニューヨーク州に導入されたのが1868年であったので、恐らくこの絵柄から推定するとショートホーン種の牛であったものと思われます。

  • ニューヨークで牛舎を視察する侍たち(高崎市東善寺所蔵)

牛乳やアイスクリームとの出会い

遣米使節団に賄方として随行していた加藤素毛の体験談「二夜語(ふたよがたり)」には、食事には何を煮るにもメール(牛乳)を入れ、日本でいう鰹節の代わりのようなものであり、味はよいが日本人には臭くて困るのに飯を炊くときにもいれるといった内容が記載されています。バターは臭くて抵抗があったようですが、慣れるに従い、おいしく感じるようになったようです。

 また、遣米使節団勘定方組頭の「亜行日記」によるとワシントン上陸時の迎船フィラデルフィア号の中で(3月25日)アイスクリームを饗宴に出され、その美味に驚嘆したのでした。そして「…氷菓ノ菓子(アイスキリーム)氷製ノ菓子ハ氷を打砕キ臼ニテ搗(ツ)キ色ヲ染ムル由、形状婦人の姿又ハ宝袋又モ日本ノ薄皮モチノ如ク丸ク拵へ、猶氷中ニ入レ暫時ニ固メ製スル由、器ハ何レモ玻瓈(ガラス)又ハ、…(略)(原文)」と作り方が記述されています。

 なお、咸臨丸の乗組員がジョブ・ホテルで開催された歓迎会でアイスクリームを食べたことがデイリー・アルタ・カリフォルニア紙に掲載されたようです。いずれにしてもアイスクリームは珍しい食べ物であったことは間違いありません。

執筆者:矢澤好幸・日本酪農乳業史研究会 会長



● 引用文献

万延元年遣米使節史料集成(第一巻)風間書房(1961)
海を渡った侍たち 石川栄吉 読売新聞社(1997)
世界を見た幕末維新の英雄たち 新人物往来社(2007)
ヒトと乳の歴史(27) 矢澤好幸 デ-リィ・ジャパン第54巻第2号(2009)

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