未来につながる持続可能な食事とは
~牛乳乳製品を事例として~

全国栄養士大会(採録)一覧

東北大学名誉教授(農学博士)齋藤忠夫

本レポートは、2022年7月8日(金)〜8月7日(日)まで(公社)日本栄養士会が開催した2022年度全国栄養士大会オンラインにて、Jミルクが共催したセミナーの内容をまとめたものとなります。

近年、動物性食品は、たんぱく質の「質」を考慮した再評価により、その価値と必要性が改めて認識されています。
「持続可能で健康的な食事」の実現には、動物性食品か植物性食品の対立ではなく、互いに共生・補完する新たな食料システムの構築が求められます。
フードマトリックスという新しい概念や最新研究からみた牛乳乳製品の役割、将来への期待を交えて解説します。

拡大する菜食とプラントベース食品市場

 近年、植物性食品をベースとする食生活が急速な広がりを見せています。動物性食品の一部を避けた食生活を実践するベジタリアン(菜食主義者)、動物由来の食材を一切摂取しないビーガン(完全菜食主義者)が増えており、採食の広がりは世界的な潮流といえます。

 菜食の広がりの背景には、家畜飼養における動物福祉(アニマルウェルフェア)や、家畜由来の温室効果ガス(GHG)排出などの環境負荷に対する認識の高まりなどがあります。 さらには、健康志向や、国連の提唱する持続可能な開発目標(SDGs)の観点からも、肉や魚・乳製品に似せて作られたプラントベース食品や、環境にやさしいオーガニック(有機)野菜・食品も支持されています。ベジタリアンやビーガンに限らず、植物性の代替食品が食の選択肢の一つとなりつつあります。

菜食者の栄養・健康上の問題点

植物性食品の栄養学上の問題

 このベジタリアンやビーガンには注意すべき点があります。確かに、植物性食品は食物繊維やビタミン、ミネラルも豊富で、特に抗酸化作用のあるポリフェノールは重要な生理活性成分として含まれています 。しかし、植物性食品からだけでは摂取が難しい栄養素があるので注意しなくてはなりません。

 たとえばビタミンB12は、動物性食品(魚、肉、卵、牛乳乳製品)にしか含まれていません。また、カルシウムは葉物野菜にも含まれていますが、吸収性や利用性が低く、不足する傾向にあります。さらには、植物性食品に含まれる鉄は非ヘム鉄であり、動物性食品に含まれるヘム鉄に比べて吸収率が低くなります。
 このような点から、菜食者には長期的なリスクやその家庭の子どもの発達・成長への危険性が指摘されています。


採食と心疾患および脳卒中リスク

 食習慣と虚血性心疾患・脳卒中の発生リスクとの関連を長期間調査した研究報告があります。肉食者(約2.4万人)、魚食者(約7.5千人)、ベジタリアン(約1.6万人)という3つの異なった食習慣のグループを対象とした18年間にわたる追跡調査です。

 この調査では、虚血性心疾患の発症率は、肉食者に比べて魚食者やベジタリアンが低い一方で、出血性脳卒中の発症率は、魚食者や肉食者に比べて、ベジタリアンが高いという結果が示されました。


採食と骨折のリスク

 菜食と骨折リスクについても調査・報告があります。1993~2001年に基礎調査を行い、その後2010年まで追跡調査を行いました。(図1)対象者は肉食者(約2.9万人)、魚食者(約8千人)、ベジタリアン(約1.5万人)、ビーガン(約2千人)です。

 基礎調査では、ビーガンはカルシウム摂取量が顕著に低く、肉食者はたんぱく質摂取量が高いことが示されました。その後の追跡調査により、ビーガンは肉食者に比べて骨折リスクが平均1.43倍と顕著に高く、ベジタリアンに比べても高いことが明らかになりました。

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ビーガン食と子どもの栄養

 子どもは健全な成長と発達のために、成人よりも体重単位あたりでより多くのエネルギーと栄養素を必要とします。

 ビーガン食と子どもの代謝や栄養状態に関して、フィンランドの子どもを対象とした調査では、 ビーガン食では「葉酸」の摂取量が多く、たんぱく質や飽和脂肪酸から得られるエネルギーが低いという特徴がみられました。また、栄養状態を示す各種バイオマーカーのうち、トランスサイレチンやコレステロール、ビタミンA、ビタミンD3などは、普通食に比べてビーガン食が低いことが明らかとなり、将来的に、健康に大きく影響する可能性が指摘されています。

動物性食品と植物性食品の栄養学的視点からの再評価

食と環境のつながり

 日本における平均的な暮らしに伴う1人あたりの温室効果ガス(GHG)排出量のうち、食に由来する排出量の内訳を示しました(図2)。カーボンフットプリントが高いのは肉類、穀類、乳製品の順となっています(図2・外側の円グラフ)。カーボンフットプリントとは、製品などが作られるまでに排出された温室効果ガス(GHG)の量を、CO2量に換算し数値化したものです。
 内側の円グラフは消費量の割合を示していますが、特に肉類は消費量の少なさに反して、GHG排出量は食全体の約4分の1を占めています。

 また、日本での「食品ロス」は年間約600万トンも発生(農林水産省、2018年度推計)しており、処理には多額のコストがかかるうえ、燃やすことによるCO2排出や、埋め立てなどによるメタンガス発生などの環境負荷が生じます。
 私たちは、健康と環境負荷を同時に考えあわせながら、今後の食を選択し、持続可能な食料システム全体を改良していくことが強く求められています。
カギは、たんぱく質の「質」

 近年の世界的な関心事項である動物性食品から植物性食品への転換は、「土地や水の利用、エネルギー交換、温室効果ガスの排出などを考慮すると、動物性食品の生産に比べて、植物性食品の生産のほうが環境的に優しく、持続可能である」という仮定に基づいています。しかし、この仮定の根拠となっている各種研究においては、動物性食品と植物性食品の栄養の違い、特にたんぱく質の「質」が十分に考慮されていない、という指摘があります。

 植物性たんぱく質には、食物繊維やトリプシンインヒビター、フィチン酸塩やタンニンなど、消化・吸収を阻害する因子が含まれています。さらに、リジンなど特定の必須アミノ酸含有量の不足により、利用効率が低いものが多くなっています。
 たんぱく質の栄養価の評価基準については、新たな指標「DIAAS(消化性必須アミノ酸スコア)」、が2013年にFAO(国際連合食糧農業機関)より提唱されています。
このDIAASではたんぱく質の「量」ではなく、必須アミノ酸の消化・利用効率を考慮した総合的な「質」を評価することが可能になります。

 代表的な植物性たんぱく質と動物性たんぱく質をDIAAS値で示しました(図3)。小麦、大麦、とうもろこしなど穀類由来の植物性たんぱく質は、リジン含量などが低いため、DIAAS値が40~50と低い一方で、牛肉、豚肉、鶏肉由来の動物性たんぱく質のDIAAS値は、いずれも100を超えて優れています。
たんぱく質の「質」による再評価
 特に植物性たんぱく質は、繊維類が多く含まれ、動物性たんぱく質に比べてアミノ酸消化率が低い傾向にあり、従来の評価法では植物性たんぱく質の品質を過大評価していた可能性があります。
 そこで、過去に発表された世界103ヵ国の成人のたんぱく質必要量や窒素フットプリントについて、DIAASを用いて再計算した研究成果が2021年に報告されました。
 平均たんぱく質摂取量(図4A)を、DIAASのたんぱく質消化率(図4B)と、たんぱく質利用率(図4C)で補正すると、日本も含めた世界のほぼすべての国で、成人のたんぱく質摂取量が不足していることが示されました。

動物性食品と植物性食品の環境科学的視点からの再評価

 いくつかの動物性食品と植物性食品における「環境フットプリント(土地使用量、水使用量、GHG排出量)」について、これまで生産された「たんぱく質1トン(1000kg)あたり」で表されていたデータを、たんぱく質の「質」を考慮し、「消化性リジン1kgあたり」に変換して比較しました(図5)。

 その結果、必ずしも「動物性食品の生産は環境負荷が大きい」とは言えないことが示されました。

「土地使用量」の検討結果(図5A

 食料生産に使用される土地の面積について、消化性リジンベースに変換すると、植物性食品と動物性食品はほぼ同程度という結果が得られました。牛乳生産との差も大幅に縮まり、米(コメ)は最も効率的に土地を利用して栽培されていることも示されました。

「水使用量」の検討結果(図5B

 様々な食料生産システムにおける淡水(真水)の使用量について、消化性リジンベースで変換した結果、動物性食品と植物性食品の評価が「逆転」しました。豚肉生産は小麦生産よりも効率的であり、特に牛乳生産は比較対象の中で最も効率的であるという結果が得られました。

「GHG排出量」の検討結果(図5C

 動物性食品と植物性食品の消化性リジン1kgあたりのGHG排出量は、従来の結果とは大きく異なり、両者はほぼ同程度になりました。卵生産のGHG排出量はトウモロコシよりも低くなり、牛乳と植物性食品の差も大幅に縮まりました。

フードマトリックスからみる牛乳乳製品の機能

「フードマトリックス」という新しい概念の提案

 近年、「フードマトリックス」という、従来の栄養素単位を超えた新しい概念が注目されています。
 食品は、栄養素だけでなく非栄養素も含めて、あらゆる化合物が化学的・物理的に結合し、まさにマトリックスとよばれる複雑な構造を形成しています。この構造は、食品の風味や食感だけでなく、栄養素の消化・吸収、代謝にも影響を及ぼし、食品の栄養と健康にかかわる多くの機能特性に関与しています。

「フードマトリックス」と乳製品

 たとえば、乳製品に含まれるたんぱく質や乳糖は異なる作用メカニズムでカルシウムの吸収を高めることができます。
 また、従来、飽和脂肪酸の多量摂取は心疾患のリスクを高めるとされ、飽和脂肪酸が多量に含まれる牛乳乳製品については、これまで各国で摂取の制限が推奨されてきました。しかし、近年、飽和脂肪酸の摂取は心疾患のリスクに関連がないという報告が多数発表されています。さらに、乳製品に至っては、摂取がむしろ心疾患を低減させるとの報告もなされています。
 これらは、単に栄養素のみからは読み取れない内容であり、フードマトリックスに含まれる食品成分間の相互作用と機能性によるものと考えられます。

牛乳乳製品のたんぱく質の優れた機能特性

 フードマトリックスでは、たんぱく質は、「完全」と「不完全」に分類されます。「完全」たんぱく質は、私たちの体内で作ることのできない9種類の必須アミノ酸をすべて含むたんぱく質をさします。これに対して「不完全」たんぱく質は、必須アミノ酸のすべてではなく一部しか含んでいないものです。動物性食品(乳製品、肉、卵)と大豆のたんぱく質は完全たんぱく質、大豆以外の植物性食品に含まれるたんぱく質は不完全たんぱく質となります。中でも牛乳乳製品のたんぱく質には、以下のような、複合的に優れた機能特性があります。
第1の機能
 乳たんぱく質(カゼインと乳清たんぱく質)には、筋肉合成に必須の分岐鎖アミノ酸(BCAA)が多量に含まれています。たんぱく質100gあたりのBCAA含有量(g)は、乳清たんぱく質(24.2)およびカゼイン(19.5)は一般のたんぱく質よりも高く、特に乳清たんぱく質は、大豆たんぱく質(18.1)や卵たんぱく質(20.4)よりも高いことは特筆されます。
 BCAAは、私たちが自ら作り出すことができないため、食品から補う必要があります。
 特にロイシンやイソロイシンは、乳たんぱく質に非常に多く含まれており、mTORたんぱく質のリン酸化によって筋肉合成を開始させる働きがあります。

第2の機能
 乳たんぱく質はカルシウムの高い吸収性に大きく関係しています。カゼインの消化過程ではCPPというリン酸化ペプチドが生成され小腸でのカルシウム吸収を助けています。小魚や小松菜の吸収率と比較しても非常に高く(図6)、一食分のカルシウム含有量と吸収率を考慮すると、牛乳はかなり優れたカルシウムの供給源であるといえます。
第3の機能
 乳たんぱく質のカゼインミセルは、吸収性の高いミセル性リン酸カルシウムを乳中で沈殿させることなく保ち、乳児の早期の骨形成に大切な機能を持っています。

 以上のように、乳たんぱく質は単なるアミノ酸の給源ではなく、筋肉と骨の成長を強力にサポートする役割を持つことを示しています。

最新研究からみる牛乳乳製品への期待

 牛乳乳製品については、現在も様々な新しい研究結果が報告されています。牛乳は、食品の中でも非常に多くの成分の働きが明らかになっており、また将来の可能性を多く秘めている食品といえます。


白カビチーズの認知症予防効果

 カマンベールチーズなどの白カビ系のチーズに、アルツハイマー症を予防する2つの成分(オレイン酸アミド、デヒドロエルゴステロール)が特定され、脳内の免疫担当細胞であるミクログリアの老廃物除去活性を高め、かつ炎症を抑制する作用があることがわかりました。
 
 また、白カビ系チーズを3ヵ月間摂取した試験の結果、認知機能に関係する脳由来神経栄養因子(BDNF)が血液中で増加したことが確認されています(図7)。
機能性ヨーグルトの開発

 日本ではヨーグルトに関する様々な研究が進んでおり、乳酸菌やビフィズス菌など、多くの機能性が明らかになってきています。特定保健用食品(トクホ)や機能性表示食品として、各種の乳酸菌やビフィズス菌を利用して乳発酵させた多くの機能性ヨーグルトが開発されています。
牛乳中のエクソソームの発見とその利用性

 最近、牛乳には乳腺上皮細胞から放出された「エクソソーム」が多量に含まれていることがわかりました。エクソソームの内部には、たんぱく質やマイクロRNA、マイクロペプチドなど、免疫機能を調節する成分が多く含まれています。また、安全な乳より大量のエクソソームを調製することが可能であるため、将来的には、抗がん剤をエクソソームに内包させてがん治療に応用するといった薬剤運搬システム(DDS)への利用なども期待されています。

持続可能な食糧システムにむけて

植物性食品か動物性食品かという二元論からの脱却

 現状では、「植物性食品は良い」「動物性食品は悪い」というように、植物性食品と動物性食品を対立させる傾向にありますが、このような単純な二元論からの脱却が必要であると思います。
 植物農業と動物農業は共生・補完関係にあります(図8)。植物農業が人間や産業、動物農業に対する役割は大きく、一方で、動物農業も栄養素サイクルや、アップサイクリング(廃棄物に新しい価値を与える)という重要な役割を果たしています。
 たとえ食用植物の生産に適さない土地であっても、家畜を放牧すれば、栄養豊富な動物性食品に変換でき、低栄養の人々への提供が可能となります。さらには堆肥は食用植物の栽培にも貢献するでしょう。
 健康的で持続的な食料システムの構築のためには、動物農業と植物農業の両者がバランスを保つ補完関係が必要なのです。
 齋藤 忠夫
東北大学名誉教授(農学博士)

東北大学大学院農学研究科博士課程修了後、東北大学大学院農学研究科の助教授・准教授を経て、2001年より教授。18年4月より東北大学名誉教授、現在に至る。日本酪農科学会、JDSA(顧問)、アジア乳酸菌学会連合(AFSLAB)フェロー、日本農芸化学会フェローを務める。日本酪農科学会賞。日本畜産学会賞、日本学術振興会科研費優秀審査員賞を受賞。『医科プロバイオティクス学』『ヨーグルトの事典』『食料の百科』『農学大事典』『チーズの科学』など著書多数。

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