コラム、「ミルクの国の食だより」の第97回をお送りします。前回に続き、フランスのデザート「リ・オレ」のおはなしです。
昨年流行ったイタリア発祥のパンにクリームを惜しみなく挟んだ伝統的な菓子「マリトッツォ」!
栄養価が高くバリエーション豊富で家庭的なフランスの「リ・オレ」もいつか流行るかも…。
昔は薬膳、胃のむかつきを和らげる効果があった「リ・オレ」
「リ・オレ」の祖先は、古代ローマ時代の穀物がゆともいわれています。
リ・オレは基本材料のミルク・米・砂糖に加え、ナツメグ、クローブ、シナモン、サフランなどの香辛料が使われます。これらはその昔、医薬品として考えられていた食材です。
中世ヨーロッパでは、西暦500年頃〜1500年ごろの約1000年の間に、ローマ帝国の滅亡、イスラム勢力の勃興、十字軍の遠征などの東西交流を難しくさせる要素が重なり、はるかオリエント世界から持ち帰られる香辛料は大変貴重で高価なものでした。
王や貴族の会食には、富と権力を誇示するために、過剰なまでに香辛料を使った料理が並ぶようになっていきました。
米も香辛料のひとつとしてインドから伝えられたものです。米をミルクで煮、種々の香辛料が入ったリ・オレは、胃のむかつきを和らげる効果があるとされていました。
中世の料理人は、当時の医学理論に精通していたといわれていて、香辛料の豪華さだけでなく、薬膳も考えられた料理が王族の宴(うたげ)を飾っていました。リ・オレは料理本ではなく医学書に登場していたそうです。
もともと甘くなく、濃厚なかゆだったリ・オレは、ソーセージの詰め物としても利用されました。
今はデザートとして世界各地で食べられている「リ・オレ」
フランスでは料理に甘味を加えて作ることは元来なかったのですが、十字軍によってサトウキビ由来の砂糖がアラビア医学とともに持ち帰られて以来、砂糖も薬として料理に使われるようになり、裕福な人々を魅了していきました。
会食では香辛料と砂糖をふんだんに使っているため、最初から最後までどれも甘くて辛くて酸っぱい料理だったといわれてます。
ルネサンス時代になると、甘い料理は徐々に食事の最後に位置づけられるようになっていきました。
また、砂糖貿易のアメリカ大陸での拡大、バニラなどの新しい植物の渡来、イタリアからの料理技術の伝来などにより、食後の料理「デザート」が発展し、リ・オレも、15〜16世紀ごろから砂糖が入った甘い味に変化していきました。
リ・オレがデザートとして料理本で初めて確認されたのは1514年になります*。
様々なバリエーションの「リ・オレ」!あなたのお好みは?
シナモンなどの香辛料だけでなく、レモン、オレンジ、イチゴなどの新鮮な果実や果汁を入れたリ・オレ。
ラム酒、コニャックなどのアルコール類とアンズやブドウなどのドライフルーツ、アーモンドやクルミなどのナッツ類を入れたリ・オレ。
メープルシロップ、蜂蜜、チョコレートなどの甘味類をソースでかけたリ・オレなど、多様なレシピが存在します。
また、表面をこんがりオーブンで焼いたり、卵を入れてケーキのような歯ごたえがあるようなリ・オレもあります。
その土地で手に入る材料を用い、歴史の中で進化を遂げ、世界各国で食べられているリ・オレ。残念ながら日本では昔から伝わってきた菓子ではありませんが、米を甘味をプラスして食べるおはぎは伝統菓子ですし、あんことミルクは相性が良いので、日本版リ・オレも普及すればよいのになと思います。
日本にある食材、季節感のある食材を使ってアレンジするのも楽しそうです。米とミルクにあんこを混ぜ、桜のリキュールを入れたら米のつぶつぶ感が道明寺粉(米粉)の桜餅みたいでおいしそう。リキュールやスパイス、酸味のある果実はミルクのにおいを包み隠す作用もあります。
あなたも自分好みのリ・オレを作ってみてはいかがですか?
*オランダ語の料理本 「Een notabel boecxken van cokeryen(注目すべき料理の本)」
- 「中世の食 ー“美味なるスパイス”をめぐって一」金山富美
- Histoire de l’alimentation française(École du vin muscadelle)
http://www.ecole-muscadelle.fr/wp-content/uploads/2020/10/Alliance-mets-vins-cours-annuel.pdf
- 「フランス社会 の変遷 と料理へ の影響」宇田川政喜
- LA BOUILLIE, UN PLAT AUX MULTIPLES RECETTES(Les Causeries Culinaires)
https://lescauseriesculinaires.com/la-bouillie-un-plat-aux-multiples-recettes/
1999年より乳業団体に所属し、食育授業や料理講習会での講師、消費者相談業務、牛乳・乳製品に関する記事執筆等に従事。中でも学校での食育授業の先駆けとして初期より立ち上げ、長年講師として活躍。2011年退職後渡仏、現在フランス第二の都市リヨン市に夫、息子と暮らす。