第36回 牛乳の自動販売機 -牧場から食卓へ - 3

連載コラム ミルクの国の食だより

コラム、「ミルクの国の食だより」の第36回をお送りします。
フランスの生乳の自販機には、生産者が毎朝、搾りたての乳を搬入しています。

生産者が毎朝搾りたてを搬入

サント=フォワ=レ=リヨンのグラヴィエール広場に設置されている自動販売機で生乳を販売しているのは、生産者のロジエさん。
ロジエさんの牧場は、そこから18km離れたル・レモネ(Le Raimonet)にあります。
敷地面積30ヘクタールの牧場で、モンベリアード(※1)とホルスタイン種併せて22頭の乳牛たちが自家栽培の飼料で飼養されています。
ロジエさんは毎朝の搾乳後、午前11時に冷却された搾りたての乳が入ったタンクを車に乗せて、「ミルクの泉」に供給しにやってきます。
リヨン近郊に設置された11台の自動販売機はどれも、20km以内に位置する各々の生産者が毎日、搾りたての乳を搬入し管理しています。
■自販機の牛の顔すぐ横に生産者ロジエさんの自己紹介と連絡先が掲載

生産者と消費者をつなげる自動販売機

ロジエさんの牧場では、1年間の搾乳量は160,000 リットル、そのうち 11,000リットルが自動販売機 - ミルクの泉 - に供給される分です。
1日あたり30リットル、決して多くはありません。
自動販売機を適切に収益化させるにはその2倍、1日あたり60リットルの供給を5年以上続けるのが理想だそう。
自動販売機の価格が36,000ユーロ、県と欧州による補助が12,000ユーロまで受けられるようですが、それ以外にも電気代、輸送費等の諸経費がかかり、そう容易いことではありません。
ロジエさんは、より集客が期待できる町の中心地に自動販売機を移転させたい意向ですが、サント=フォワ=レ=リヨンの役所との交渉は思うようには進みません。
それもそのはず、生乳という性質上、厳格な衛生管理を強いられる製品であるため、相応の場所を設定しなければなりません。
また、自動販売機は夜の間に盗まれたり、壊されたりするといった治安上のトラブルも危惧されます。
11台中、採算が取れている自動販売機もあるようですが、自動販売機への供給だけでは酪農家の生活は成り立ちません。
しかしながら、たとえ収益に見合ってなくとも、酪農家が自ら責任をもって管理した品質の生乳を適正な価格で消費者に直接届けることができる、そして消費者もそれにより満足を得ている、このような生産者と消費者のつながりが最も重要なことで、何よりのモチベーションなのだと生産者たちは語っています。
■生乳のため、冷蔵保存で3日以内に消費するように。飲むだけでなく料理にも利用できるサイトを紹介

生乳の自販機設置のきっかけは欧州酪農危機

もとは隣国イタリアから持ち込まれた生乳の自動販売機。
フランスで設置のきっかけとなったのは、2009年に勃発した欧州酪農危機(※2)です。
未曾有の乳価暴落により、非常に深刻な経営悪化や廃業に直面した生産者への救済策のひとつとして導入されました。
現在では、中間業者を省いた流通短縮、地産地消、農村と都市との連帯経済に貢献等の視点から、多くの酪農家が賛同し、ローヌ県だけでなく、フランスの各地域で展開されています。
利用者は、昔、近所の酪農家で生乳を買ったことのある中高年世代が多いようで、残念ながら購入に至らない若年世代は生乳の扱い方や利用法を知らない人も多いとか。
夏のバカンスで牧場を訪ねれば、子供だけでなく大人も、おいしいものを供給してくれる農業の大切さを再発見するにちがいありません。
■澄んだ空気の下で飲む牛乳はやっぱりおいしい
※1 モンペリアード : この自販機に描かれている牛。フランスの乳牛の中ではホルスタイン種に次いで二番目に多く、大きな鼻と胴回り、赤茶と白の斑模様が特徴。たんぱく質の多い乳は様々なチーズにも使われる
※2 2009 年欧州酪農危機 : 原油や穀物等(コモディティ)の国際価格高騰,及びその後の世界的不況を背景として,酪農品価格下落と生乳生産コスト上昇とが同時発生していた2008 年後半から 09 年末ぐらいまでの時期をいう
管理栄養士 吉野綾美
1999年より乳業団体に所属し、食育授業や料理講習会での講師、消費者相談業務、牛乳・乳製品に関する記事執筆等に従事。中でも学校での食育授業の先駆けとして初期より立ち上げ、長年講師として活躍。2011年退職後渡仏、現在フランス第二の都市リヨン市に夫、息子と暮らす。