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動物の乳の利用は約1万年前に始まった

母乳は、哺乳動物が自分の子どもを育てるために、その動物が自ら生産できる唯一の食料です。
私たちの祖先であるホモ・サピエンス(ラテン語で「賢い人」という意味)が、およそ1万年前に肉を獲得するために羊や山羊を家畜化し、少し遅れて牛も家畜化していきました。家畜化してそれほど間をおかず、人類は羊や山羊から乳を利用し始めたといわれています。ここに、動物の命を犠牲にすることなく、動物と共存し、動物から持続的に食料を得ることができる新しい食料生産が始まりました。さらに、羊や山羊は1年を通じて搾乳できないことから、生乳を保存するために、乳製品をつくる加工技術が発達していきました。
約6500年前には牛にすきを引かせる農耕方法が誕生しました。それまで家畜として肉や牛乳、皮などを生産していた牛が農業の労働力として生産性向上に役立つようになったのです。

牧畜の発展とともに広がった乳の利用

西アジアで農耕を営みながら羊や牛を家畜化した人々の中から、家畜の乳に大きく依存する、牧畜という生活様式をとる人々が現れました。西アジアでは、はじめに乳を乳酸発酵させてはっ酵乳をつくります。そして、はっ酵乳をチャーニング(攪拌かくはん)してバターをつくり、残った脱脂乳は硬くて保存性のある酸凝固・非熟成乾燥チーズ(現在のチーズの原型)などに活用しました。
この乳文化は今も西アジアの牧畜民に継承されており、現地では「ジャミード」「ヒゲット」「カセルマ」「キャシキ」などと呼ばれています。
その後、牧畜の発展とともに、ヨーロッパ、モンゴル、チベット、そしてインドヘと乳の利用は次第に世界に広がっていったと考えられています。アルファベットの「A」を逆さにすると牛の顔の形に似ていますが、「A」は牛の頭部の象形文字からできたといわれています。また、ギリシャ文字の「α(アルファ)」は牛を意味するセム語の「Alef(アレフ)」に由来するといわれ、当時から人間と牛は切り離せない関係だったことがわかります。
一方、日本や中国では田畑を耕す労働力として牛を飼うのみで、乳の利用は限定されていました。
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牛乳で悟りを開いたお釈迦様
釈迦が太子であったころ、山奥にこもって1週間に1食しか食べないという厳しい絶食修行を行いました。衰弱した体で下山し、尼連禅河にれんぜんがで身を清めた太子に、難陀婆羅なんだばらという長者の娘が1杯の牛乳を捧げました。牛乳を一口飲んだ太子はこれほど美味なものがこの世にあったのかと驚き、そこで悟りを開いたという説があります。
このため、仏教の経典には「牛より乳を出し、乳よりらく(ヨーグルト)を出し、酪より生酥せいそ(バター)を出し、生酥より熟酥じゅくそ(バターオイル)を出し、熟酥より醍醐だいご(常温でも液状になりやすいバターオイル画分でわずかしか得られない)を出す」とあり、醍醐が最高の美味とも書かれています。
醍醐という言葉は、仏教用語で「仏の最上の経法」の意味で、牛乳文化と仏教が深い関係にあったことがうかがわれます。