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メタボリックシンドロームと牛乳

メタボリックシンドロームとは、内臓脂肪蓄積に糖代謝異常、脂質代謝異常、高血圧などの状態がプラスされ、心筋梗塞や脳卒中などの動脈硬化性疾患の発生リスクが非常に高まった状態をいいます。現在、わが国における該当者またはその予備軍は2,000万人近くと推定され、2008年からは特定健康診査・特定保健指導の制度が始まっています。
海外では、アメリカやイランでの研究で、乳製品の摂取量が多くなるにしたがってメタボリックシンドロームの発症率が低くなるという報告がすでにあります。日本でも、牛乳乳製品を摂取する人はメタボリックシンドロームになりにくいという調査結果が発表されています。
図4-7は日本での研究結果を示しています。牛乳乳製品の摂取量をカルシウム換算し、1日あたりの摂取量とメタボリックシンドロームの有病率を比較したところ、喫煙習慣のない女性では牛乳乳製品の摂取量が増えるに従ってメタボリックシンドロームの危険度(リスク)は有意に低下し、1日あたり100mg未満のグループのリスクを1とすると、1日100〜200mg未満のグループのオッズ比は0.57となり、リスクは40%ほど下がるという結果でした。カルシウム100~200mgは牛乳にすると2分の1~1本くらいになります。なお、男性は非喫煙者では有意差はないものの同様の傾向が見られましたが、喫煙者では牛乳乳製品の摂取とメタボリックシンドロームのリスクに関係は見られませんでした(女性の喫煙者は数が少なかったため解析されていません)。

図4-7 | 牛乳乳製品摂取量とメタボリックシンドロームの関連
牛乳乳製品摂取量とメタボリックシンドロームの関連
出典:上西一弘ほか「牛乳・乳製品摂取とメタボリックシンドロームに関する横断的研究」『日本栄養・食糧学会誌』 第63巻第4号、日本栄養・食糧学会(2010年)
牛乳乳製品がメタボリックシンドロームを抑制するメカニズムとしては、牛乳乳製品の摂取により「利用可能なエネルギーが減少し、消費エネルギーが増加する」という仮説があります。これは、体脂肪が減少するメカニズムといえます。
利用可能なエネルギーの減少とは、例えば牛乳1本を飲むことで満腹感が増し、その後の食事の量が減るというようなことです。また、カルシウムと脂肪酸が消化管の中で結合することにより脂肪の吸収が抑えられると考えられています。
消費エネルギーの増加とは、脂肪細胞での脂肪分解が進む、脂肪合成が抑えられる、食事誘導生産熱が高まる、脂肪が分解される方向へシフトしていく、というようなことです。基礎代謝が高くなるというデータもあります。
また、血圧に関しては、牛乳はカルシウムを多く含む食品であり、カルシウムが血圧を低下させることが以前から知られています。また、牛乳に含まれるカゼインやホエイたんぱく質が消化管で分解される際に生成するペプチドには降圧作用を有するものがあることも知られています。

高血圧と牛乳

日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会「高血圧治療ガイドライン 2019」によると、日本の一般成人における高血圧は収縮期血圧140mmHg以上、または拡張期血圧90mmHg以上(いずれも診察室血圧)と定義されています。高血圧は超高齢社会となった日本で最も有病率の高い疾患であり、患者数は約4,300万人と推定されています。
牛乳乳製品の摂取は血圧を低下させる効果があることは以前から知られており、1997年に公表された試験では牛乳乳製品の摂取は単独ではなく、野菜・果物摂取、減塩、体重管理・運動と組み合わせることにより、効果的に高血圧の予防・治療が可能であるという結果が出ています。
牛乳は減塩にも有用です。「乳和食」では牛乳をだし代わりに使うことでしょうゆやみその量を控えてもコクやうま味が出て、もの足りなさを感じさせません。具に野菜をたっぷり使えば、牛乳のカリウムに野菜からのそれが加わり、ナトリウムの排泄効果がより高まります。また、牛乳に含まれるカルシウムは、血圧のコントロールに直接役立つので、その補給源としても欠かせません(53ページのcolumn17「牛乳の新たな活用方法である『乳和食』」を参照)。

脂質異常症と牛乳

脂質異常症には、血中のコレステロール値や中性脂肪値が高いなどの症状があり、年齢に関係なく10代の若者でも起こることが明らかになっています。日本人にこれほど脂質異常症が増えたのは、食事の外食化や中食化なかしょくかに伴う脂肪摂取量の増加と栄養のアンバランスなどが原因とされています。
一般に、LDLコレステロール値を上昇させ動脈硬化のリスクを助長させる食品として、牛乳乳製品をあげる場合が多く見られます。しかし、近年の研究ではそれは必ずしも妥当ではなく、健常人でも脂質異常がある人でも牛乳乳製品摂取の影響は小さいことがわかっています。特に、低脂肪乳やチーズ、はっ酵乳、ホエイなどにはLDLコレステロールの上昇作用は見られず、むしろ低下させることも多いことが明らかになっています。また、牛乳に含まれる共役きょうやくリノール酸(CLA)には、抗肥満作用、抗炎症作用など多くの利点があります。

糖尿病と牛乳

糖尿病は、日本人に多い病気の一つです。厚生労働省が3年ごとに実施している「患者調査」の2020年調査によると、糖尿病の総患者数(継続的な治療を受けていると推測される患者数)は579万1,000人と推定されています。
糖尿病の予防と改善には、血糖値の急激な上昇を防ぎ、低エネルギーで糖の吸収速度の遅い食事をすることが大きなポイントです。近年、血糖値の変化を示す指標「グリセミック・インデックス(GI)」が注目されています。GIは、ぶどう糖摂取後2時間の血糖上昇曲線下面積(IAUC)を100としたときの各食品のIAUCの比率で表します。
GI値の低い食品は、食後血糖値の上昇を抑え、糖尿病の予防・改善につながる食品といえます。牛乳、ヨーグルトのGI値は27、スキムミルクは32です。一般に、GI値が55以下の食品は低GIとされ、牛乳乳製品はかなり低い値を示す低GI食品です。
米飯と食品の組み合わせとGIに関する研究では、米飯のみのGI値100に対して、米飯に牛乳を組み合わせたGI値は、摂取するタイミングで差はあるものの59~68と低い値であったことが報告されています。ヨーグルトやアイスクリームなどの乳製品でもGI値の低下が見られました。このように牛乳乳製品と組み合わせることでGIが下がるのは、牛乳のたんぱく質や脂質が胃内での消化時間を遅延させ、小腸での糖質の吸収を抑えるとともに、インスリン分泌を促す消化管ホルモンの分泌に作用することで、血糖値の上昇を防ぐように働くためと考えられます。
血糖値の上昇を防ぐように働くためと考えられます[表4-2]
肥満に関する研究で、低GI食は満腹感を延長させ食物摂取量を減少させるという報告が、逆に高GI食は肥満を促進するという報告が出されています。GI値の低い牛乳乳製品は、食後血糖値の上昇を抑え、体脂肪の蓄積を抑制するため、肥満や糖尿病などの生活習慣病の予防・改善につながる優れた食品といえます。
表4-2 | 米飯と食品の組み合わせによるGI値
  GI値 炭水化物(g) たんぱく質(g) 脂質(g) エネルギー(kcal)
米飯 100 50.4 3.6 0.9 224.0
米飯+牛乳(米飯と一緒に摂取) 59 50.0 9.4 8.7 317.2
米飯+牛乳(米飯の後に摂取) 68 50.0 9.4 8.7 317.2
米飯+牛乳(米飯の前に摂取) 67 50.0 9.4 8.7 317.2
米飯+低脂肪牛乳 84 50.2 9.2 2.4 263.0
バターライス 96 50.0 3.5 9.0 295.2
米飯+ヨーグルト 72 50.2 6.4 3.8 261.3
米飯+アイスクリーム 57 49.9 5.4 16.8 371.5

出典: Sugiyama M, et al. : “Glycemic index of single and mixed meal foods among common Japanese foods with white rice as a reference food.” European Journal of Clinical Nutrition, 2003より作成

粗鬆そしょう症と牛乳

女性が要介護となる主な原因は、認知症、骨折・転倒、関節疾患、高齢による衰弱、脳血管疾患などです。女性の特徴は骨折・転倒や関節疾患など運動器の障害の割合が多いことで、男性の約3倍に上ります(内閣府「令和4年版高齢社会白書」)。その理由として、女性は閉経後、骨粗鬆そしょう症が急増するためと考えられます。骨粗鬆そしょう症は、骨の主成分であるカルシウムの不足が最大の原因ですから、生理的に不足するカルシウムをしっかりと補給することが必要となります。
「骨粗鬆そしょう症の予防と治療ガイドライン 2015年版」では、成人に必要なカルシウム摂取量は1日700~800mg以上が理想とされていますが、カルシウムはもともと吸収されにくい栄養素です。特に吸収率が低下する中高年では、吸収しやすい食品を選ぶことが大切です。牛乳は100g中に110mgものカルシウムを含み、さらにカルシウムの吸収を促す乳糖を含みます。また、牛乳のたんぱく質(カゼイン)が分解される過程で生じるカゼインホスホペプチド(CPP)、ラクトフェリンなどの乳塩基性たんぱく質(Milk Basic Protein:MBP)もカルシウムの吸収を助けます。骨の形成に必要とされるたんぱく質やリンなどもバランス良く含まれています。
カルシウムは、ビタミンDやKを含む食品と一緒に摂ると吸収がさらに促進されます。ビタミンDはサケやサンマなどの魚介類に豊富です。魚介類を使ったグラタンやクリーム煮は、カルシウムとビタミンDが一緒に摂れるため効果的な献立です。ビタミンKは納豆や青菜に多く含まれています。これらの食材を使って牛乳をだし代わりにみそ汁や卵焼きをつくれば、コクのある味わいを楽しむこともできます。
逆に摂りすぎに注意したいのが、リンです。リンはカルシウムに対して体内に過剰にあると、カルシウムの排泄を促してしまいます。リンは、肉や魚、牛乳など動物性食品には必ず含まれています。牛乳はカルシウムとリンがほぼ理想的な比率(1:1)で含まれていますが、肉はカルシウムがわずかしか含まれていませんので、肉食に偏るとリンの過剰摂取になる可能性があります。また、清涼飲料や練り製品にも食品添加物としてリン酸塩の形でリンが多用されていますので、これらの過剰摂取にも注意しましょう。

動脈硬化、心疾患と牛乳

心疾患(心筋梗塞)は血管の病気で、主に動脈硬化によって発症します。したがって、心疾患にならないためには動脈硬化の進展を予防することが必要です。動脈硬化とは動脈壁が硬く、内腔が狭くなって、血液が十分に流れない状態をいいます。
乳製品を含む食事と動脈硬化、心疾患の関係について、日本や欧米で多くの疫学調査が実施され、「牛乳乳製品は心疾患のリスク要因ではない」と報告されています。
日本人を対象に乳製品摂取と心疾患の関係を調べた研究では、乳製品を摂取する量が最も多いグループで心疾患の発症リスクが低い傾向にありました。この研究では、1988~1990年にかけて約11万人の40~79歳の日本人を対象としてライフスタイルと過去の心疾患、およびがんの既往歴に関するアンケートを行いました。このうち病歴のない5万3,387人について、乳製品摂取と心疾患との関係を調べました。その結果、乳製品を摂らないグループの発症リスクを1.0とすると、乳製品の摂取量が最も多いグループ(乳製品由来のカルシウム量換算で、男性で1日128mg以上、女性で1日144mg以上)では、心疾患の発症リスクは男性0.73倍、女性0.77倍と低くなりました[図4-8]
図4-8 | 乳製品からのカルシウム摂取と心疾患発症リスク
乳製品からのカルシウム摂取と心疾患発症リスク
出典: Umesawa M, et al. : “Dietary intake of calcium in relation to mortality from cardiovascular disease The JACC study.” Stroke, 2006

がんと牛乳

牛乳の摂取により、胃がんだけではなく、大腸がん、乳がんの発生率が低下するという疫学調査が報告されています。欧米の5カ国(米国、カナダ、オランダ、スウェーデン、フィンランド)で男女53万人を対象に行われた疫学調査では、「牛乳の摂取量が多いほど大腸がんの発生リスクが低くなる」という結果が出ています(2004年)。
牛の成長ホルモンやインスリン様成長因子(IGF-1)、および性ホルモン(エストロゲン)のような生理活性物質が乳がんの発症に関連しているとの説もありますが、牛成長ホルモンはヒトでは活性がなく、また牛乳由来のIGF-1、エストロゲンは女性が生体内で自らがつ
くり出す内因性の分泌量と比較するとごく微量です。
また、牛乳の脂肪に含まれる共役きょうやくリノール酸(CLA:9シス,11トランス体)には、乳がんの発生を抑制する働きのあることが海外で実施された動物実験で確かめられています。さらに悪性黒色腫、結腸・直腸がん、肝がん、肺がん、前立腺がんに対して、共役きょうやくリノール酸が抑制効果を示すというデータも報告されています。
ホエイたんぱく質は、シスチン/システインとγ-グルタミルシステインペプチドを含み、これらはグルタチオンの生合成の基質として有用であり、活性酸素種を破壊し、発がん物質の発がん作用を抑えるため、がんの発症予防に関連すると考えられています。
一方、乳製品の摂取が、一部のがんのリスクを増加させるとの報告もあります。日本人を対象とした疫学研究においては、食事全体に占める牛乳乳製品の寄与が少ないため、明確な評価は難しいという考え方もありますが、これらについては今後の評価が必要と考えられます。

肝臓病と牛乳

肝臓は、栄養成分を受け取る、エネルギーを生み出す、体に必要な形に再合成して送り出す、体内で不要になった成分を排泄する、有害物質の解毒作用など、まさに肝心かなめの臓器です。
アルコールの飲みすぎなど、生活習慣により肝臓病が起こります。飲みすぎれば誰にでも起こる脂肪肝に始まり、飲み続けることでアルコール性肝炎に至ります。さらに飲み続けていると肝硬変という最終段階になり、治すのが難しくなります。これらの病気を予防するには、アルコールや炭水化物、特に糖質過多の清涼飲料や菓子類を控え、エネルギーや脂質の過剰摂取を改め、そのうえで良質のたんぱく質、ビタミン類が不足しないようにすることが大切です。
肝臓病の食事療法は「適正なエネルギー摂取のもと、栄養バランスのとれた食事」が基本とされています。慢性肝炎の食事療法の一例では、普通食を基本にした食事を3食規則正しく摂り、その他に1日コップ1杯の牛乳摂取が推奨されています。
慢性肝炎になると、肝臓のたんぱく質不耐症により血清中の芳香族アミノ酸(フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン)が増加する一方、筋肉での分岐鎖アミノ酸(BCAA/バリン、ロイシン、イソロイシン)の取り込みや代謝の亢進などにより血清中の分岐鎖アミノ酸が減少し、さまざまな障害を引き起こします。その予防には、Fisher比(分岐鎖アミノ酸/芳香族アミノ酸)の高いたんぱく質の摂取が有効です。肝臓病の食事療法で、たんぱく質源として肉や魚よりも牛乳が推奨されるのは、牛乳のホエイたんぱく質が食品たんぱく質の中で最もFisher比が高く、より少ない量で必要分をまかなうことができるためです。
肝臓病では鉄分の摂取を極力控えるように指導されます。牛乳の鉄分の含量がとても少ないということは、鉄分の少ないたんぱく質源として極めて有用といえるでしょう。
たんぱく質の栄養価には必須アミノ酸の量、およびバランスが大きく関係しています。牛乳は卵に次いで栄養価の高いたんぱく質を含んでいますが、あくまで栄養バランスを良くして、肝臓に負担をかけない食品の一つとして摂りましょう。
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認知症予防には牛乳乳製品を含む食事が効果的?
超高齢社会の到来に伴い、近年、認知症が大きな社会問題となり、その予防に関心が集まっています。
認知症予防には抗酸化物質や魚油に豊富に含まれるDHAの有効性などが報告されていますが、一方で牛乳乳製品の効果も注目されています。
日本における研究では、牛乳乳製品に多く含まれるカルシウムやマグネシウムが認知症に対して予防効果があることが報告されています。また、牛乳乳製品にはビタミンB12が多く、このビタミンはアルツハイマー病の危険因子と報告される血清中のホモシステイン値を低下させる作用があります。さらに、牛乳乳製品に含まれる短鎖脂肪酸、中鎖脂肪酸にも認知機能低下の抑制効果があることが報告されています。